2021年 09月 05日
第7回●ジャズの歴史~黒人奴隷と「ニューオリンズ」~
キーワード: ニューオリンズ/黒人奴隷/綿花農園/クレオール/奴隷解放宣言/ブラスバンド/ラグタイム/ブルース/ゴスペルミュージック/ストーリーヴィル
綿花農園とクレオール
「ジャズ」が誕生したのは北アメリカ大陸の南部、ミシシッピー河流域の、現在のアメリカ合衆国ルイジアナ州の都市部「ニューオリンズ」だ。19世紀(1800年代)末から20世紀(1900年代)初めの頃である。
ジャズには2種類の黒人奴隷の階層が関係している。1つはルイジアナ地域にあった綿花農園で使役されていた黒人奴隷で、もう1つはニューオリンズにいた黒人と白人の混血奴隷の「クレオール」だ。奴隷とされたのは西アフリカの黒人だった。
綿花農園で奴隷として使役されていた黒人は、綿花畑で働きながら、または労働の後、さらには黒人教会などの黒人コミューンで、忘れることのできない母国の音楽を歌い、過酷な労働や奴隷としての境遇を嘆き、そして心を癒してきた。黒人教会で歌われた黒人霊歌はアフリカの宗教音楽とキリスト教の音楽がミックスして作り上げられたもので、現在のゴスペルやブルースへと繋がっている。
一方、クレオールは全く異なる環境に生まれた階層だ。北アメリカ大陸はヨーロッパからの移民が入ってきた当初から全地域がアメリカ合衆国であったわけではない。長い間、アメリカのほかスペインやフランスが領有争いを行ってきた。その中で南部のルイジアナも例に漏れずスペインとフランスが領有してきたが、1803年に米国が買い取った。そうした歴史からニューオリンズは両国の文化が色濃く漂う街だった。ニューオリンズにはスペインやフランス、ドイツなど非アングロサクソン系の移民が多く、そうした移民と黒人が混血して生まれたのがクレオールだ。
ワークソングとクラシックの融合
クレオールは奴隷であるが、綿花農園の黒人のような過酷な人種差別を受けていなかった。フランスのリベラルな政策の影響で、白人と同等の身分を保証され、教育を受け、クラシックを中心に音楽も楽しむ環境にあった。
ところが南北戦争(1861~1865)の終結と、それに伴う奴隷解放宣言(1862年9月)の発布により、徐々に黒人奴隷は解放され始めた。ルイジアナでも黒人奴隷は解放された。が、解放は一方で黒人たちの“失業”に繋がった。すたわち、奴隷という身分であっても衣食住は保証されていた。ところが解放された途端、失業者となったわけである。そこで、多くは元の“ご主人”が“雇い主”と変わったが、小作農として雇われることになった。その中で一部の黒人は都市部のニューオリンズに仕事を求めて出てきた。
一方、クレオールには過酷な運命が待っていた。奴隷解放宣言によってクレオールは白人同等の身分を剥奪され一般の黒人と同等の身分とされた。両方の黒人階層が対等となった。
この元農園で働いていた黒人と元クレオールの黒人がニューオリンズで交流するようになる。そして、それぞれの音楽も交じり合った。母国であるアフリカの音楽を伝えたワークソングや黒人霊歌と、フランスなどヨーロッパ由来のクラシックをベースとした音楽である。
南北戦争の軍楽隊の楽器が街に出た
そこに別の要素も加わった。楽器である。南北戦争では士気を鼓舞するために「軍楽隊」が進軍に伴い音楽を奏でた。しかし、戦争の終結とともに軍楽隊は解散させられ、残ったのが管楽器や打楽器などの楽器だった。それが街に大量に放出された。
これに目を付けたのが仕事を失った黒人たちで、この楽器を使ってアフリカとヨーロッパの音楽要素がミックスされた音楽、すなわちアフリカ独特の“音階”と“リズム”と、クラシックやポルカやワルツなどヨーロッパのポピュラー音楽がベースとなって交じり合い、新しい音楽が生み出されていった。
「ブラスバンド」、「ラグタイム」、「ブルース」、「ゴスペルミュージック」など、より洗練された音楽に進化していったのだ。
ブルースやゴスペルはジャズへの発展に影響を与えるが、それぞれ独自の進化を遂げていくので、当ブログでは特別には紹介しない。ただ、ブルースのジャズへの関わりについては次回紹介する。
軍楽隊で奏でられていたマーチ(行進曲)とアフリカ音楽、ヨーロッパ音楽が交じり合い、パレードや屋外での演奏が行われるようになったのがブラスバンドで、当初はヨーロッパのポピュラー音楽や民謡などを黒人独特のリズムで演奏していた。
「ラグタイム」の誕生
ジャズ界きっての論客でありテナーサックス奏者の菊池成孔は『東京大学のアルバート・アイラー 東大ジャズ講義録・キーワード編』で、
〈19世紀後半っていうのはブラス・バンド・ミュージックのブームがあって、マーチ王スーザ(アメリカの作曲家、指揮者。代表曲『星条旗よ永遠なれ』『ワシントン・ポスト』など)が100人もの楽団を集めて、ポップス、クラシック、マーチその他、どんな曲でもレパートリーとして扱う世界で最初のポップス・メディアを作ったのが1892年ね。
で、この時期に、ラグのビート感を管楽器のアンサンブルに乗せて、複数のミュージシャンが即興で一斉にチョイスしていくこの「ジャズ」って音楽は、ピアノ1本で演奏されるラグタイムよりもかーなりド派手で、最新のリズムを持ったヒップな音楽として、モグリ酒場を中心に1910~20年代に大流行することになります。
(中略)スピリチュアルを源流に持ち、都市の黒人によって再獲得されたコミューン・ミュージックであるブルースとゴスペル。「ラグ」っていう黒人的リズム・フィールが混じり始めた。欧州に起源を持つ白人的スタンダード・ソング。で、協力に即興性の強い管楽器アンサンブルによるダンス・ミュージックであるジャズ……と。
簡単に言って、アメリカン・ポップスはその黎明期においてもうこんだけ質の違うものが存在しているわけです〉
と記す。
ラグタイムはおろかジャズまで一気に説明しているので、少々フライング気味。ともあれ、このライブ感溢れる言葉(それも当然、この文章は菊地の講義を一言一句採録しているものだ)が、ジャズそのものを表現していると思う。
ラグタイムについて菊地はさらに詳しく説明している。
〈(前略)ヨーロッパにはないアメリカ独自の、ホワイトとブラックが接してあることによる新しいサウンドやダンスが生まれてきます。その中で、もうそれ以降のアメリカ大衆音楽の基盤を変えてしまうくらいに決定的な影響力を持ったものが、1890年代頃から爆発的に流行されることになる「ラグタイム」という音楽です。
「ラグタイム」というのは、狭義では主にピアノ用にアレンジされたインストのダンス・ミュージックとそれによるダンスのことを指しますが、ここではもっと広範囲に捉えて、ある種のビート感による曲の解釈/演奏の仕方のことだ、と僕たちは考えたいと思います。
(中略)これまであったソングを黒人的に演奏する方法自体を指す。ってことです。ここで初めて、世界の中に黒人的なタイム感覚/ビート感覚によって白人ソングを演奏する方法が顕在化し、定着した、と。で、この革命的なビートのスタイルが20世紀に入る瞬間に大流行を見せ、その後のマジョリティ・アメリカ・ポピュラー音楽に薄く広ーくインフルエンスしていくことになる〉
「インスト」とはインストロメンタル、すなわち歌が入らない演奏のみで、そのダンスのための音楽ということだ。それが革命的なのは「黒人的なタイム感覚/ビート感覚」を基本とする音楽であることで、それがラグタイムなのである。そして、ラグタイムが進化してジャズという音楽を構成する1つの要素になった。
『ジャズCDの名盤』はラグタイムについて次のように説明する。
〈被支配である黒人達(クレオール)は貧乏でピアノは買えなかったが、支配者達に奉仕する合間に19世紀ヨーロッパを代表する音楽家、シューベルト、ショパン、リスト、シュトラウス等の音楽を耳で覚えるチャンスを得たのだった。これらの音楽のメロディをバラバラにし、リズム化するいわゆるシンコペーションを用いて、黒人達は自分達の音楽を創り始めた。そのリズムは、アフリカ、西インド諸島とワーク・ソング、教会の霊歌等が交ざり合ったものだ。こうして出来上がった独特の活気のあるピアノスタイルがラグタイムである〉
ブルース、ゴスペル、ブラスバンド、ラグタイムなどが融合して「ジャズ」へと進化した。
舞台はニューオリンズの歓楽街「ストーリーヴィル」だ。この街には公認された売春宿が軒を連ねていた。2階がその場所で1階は酒を飲みダンスを楽しむカフェ・キャバレーだった。そのダンスの伴奏音楽がジャズだった。
1917年までジャズはニューオリンズのローカルミュージックだった。「JAZZ」という名前が付いていたかも分からない。後には「ディキシーランドジャズ」または「ニューオリンズジャズ」と呼ばれるようになる。
ところが、1917年、ジャズはニューオリンズを飛び出さざるを得ない事態が起こった。ちなみに1917年はロシアで革命が起きた年で、第1次世界大戦が真っ最中。日本では大正6年で特筆する出来事はない。
お知らせです。
今週木曜日(9月9日)、NHK地上波、Eテレ、22:00~22:30。
『クラシックTV』で「ジャズに“美と自由”を ビル・エヴァンス」が放映されます。
〈ジャズにクラシックの要素を持ち込み音楽の歴史を変えたピアニスト〉とのこと。
番組MCはピアニストの清塚信也。清塚ならではの切り口と人脈で意欲的な音楽番組となっている。ビル・エヴァンスは流麗かつグルーブ感溢れる演奏で、私にとってはコルトレーンとともに、聴いても聴いても聴き飽きないジャズの巨星。
よかったら観てください。
〈第7回・了〉
参考文献:
1) 二十世紀ジャズ読本(定成 寛。ブックマン社。2001年7月25日初版第1刷発行)
2) ジャズCDの名盤(悠 雅彦、稲岡邦弥、福島哲雄。文春新書。平成12年7月20日第1刷発行、平成17年6月30日第7刷発行)
3) 東京大学のアルバート・アイラー東大ジャズ講義録・キーワード編(菊地成孔、大谷能生、文春文庫、2009年3月10日第1刷)

