2021年 09月 19日
第8回●ジャズの魅力~ブルース、アフタービート、シンコペーションなど~
キーワード: ブルーノート/アフタービート/アニタ・オデイ/金子晴美
ここまでジャズだジャズだと叫んできた。店舗のBGMや地域イベントのテーマなど日本社会で安定した存在感を示すこの音楽は、ベテラン、中堅ミュージシャンにおいてはリスペクトの対象で、キャリアを積んだ先にジャズに挑戦することが多いということを説明してきた。さらには、そもそもジャズとはいつどこで発祥し、どのように発展してきたのかを紹介してきた。
これじゃジャズの魅力を紹介することにはならない。ということで今回は、ジャズはどうして人々を魅了するのかについて説明したい。
前回、前々回で紹介したジャズの歴史に沿って、ジャズの構成要素を説明していく。
まず、米国南部の綿花農園で働かされていた黒人奴隷が労働の間または労働の後にワークソングとして“歌った”母の地“アフリカの音楽由来の音楽、また、黒人教会で歌ったアフリカの宗教音楽とキリスト教の音楽がミックスされた黒人霊歌がある。それが「ブルース」や「ゴスペル」へと進化した。
ここがジャズの原点中の原点だ。
【ブルース】
黒人が奴隷となってアフリカ大陸から北アメリカ大陸に持ち込んだ民族音楽の最大の特徴の1つが「ブルース」である。そもそもヨーロッパの音楽では明るく聴こえる「長調(長音階)」と悲しく聴こえる「短調(短音階)」という「調性」が定まっている。
ところが黒人たちが歌うアフリカの音楽はこれに収まるものではなかった。例えば、長音階(メジャースケール)でドレミファソラシという7音に、半音下げたミとソとシを加えた10音で、これを「ブルーノート」と呼ぶ。しかし、それも本来の音階ではなく、むりやりヨーロッパ音楽の調性に押し込めた形だ。
ブルーは英語で「憂鬱」の意味。白人は黒人たちの音楽を聴いて、どことなく物悲しい雰囲気を感じ取り、「ブルース」と名付けた。
ジャズミュージシャンの菊地成孔は『東京大学のアルバート・アイラー 東大ジャズ講義録・キーワード編』の中で、ブルースを次のように説明している。
〈(初期のブルースを聴いて)お聴き頂いて分かると思いますが、この曲は長調なのか短調なのか、明るいのか暗いのか、悲しいのか楽しいのか、どっちかにカテゴライズして考えることが非常に難しい。(中略)ブルースは悲しみを表現する唄だ、みたいに言われることも多いんですが、しかしブルースは短調で書かれた曲ではない。ブルースっていうのは西欧的な短調世界に属する曲ではない。ってところに注意して欲しいと思います〉
ヨーロッパのクラシックの音楽理論が世界の音楽の標準的尺度になっている。その象徴的楽器がピアノだ。ピアノは1つ1つのキーとその組み合わせが音楽の基本的な構成要素を形成している。
一方、そこから外れる音楽世界もある。それが西アフリカ発の黒人音楽だ。
日本にも日本独特の音階がある。それを西欧音楽の音階に当てはめて「ヨナ抜き音階」という。「ヨ」は4番目「ファ」、「ナ」は7番目「シ」であり、これを抜いた、すなわち使わない5つの音階のことだ。ブルーノートと逆に音が少ない。
明治時代以降、西欧文化とともにクラシック音楽が日本に流入してきたが、それ以前の日本の音楽の基本はヨナ抜きだった。もちろん、西欧の音階が入ってきてからもヨナ抜き音階がメインストリームになっていて、童謡や唱歌、流行歌などはヨナ抜き音階で作られることがほとんどだった。
その傾向は現在まで続いていて、日本の流行歌のヒット曲でもヨナ抜き音階のものは少なくない。坂本九『上を向いて歩こう』、太田裕美『木綿のハンカチーフ』、松任谷由美『春よ、来い』、星野源『恋』、米津玄師『パプリカ』など、日本人の感性に合った音階だ。
演歌のほとんどはヨナ抜き音階で作られているのはよく知られた話だ。
このヨナ抜き音階とブルーノートに「親和性」が高いという考え方がある。かたや極東、かたや西アフリカと本来なら関わることなどない民族文化だが、人類として歩んできた中で生まれた音楽にはどこか同じような感性が培われてきたのだろう。
ということで、ジャズの構成要素の1つ目は「ブルース」だ。
ブルースはジャズ以外に、米国における音楽界の重要なジャンルになるとともに、ポップスにはなくてはならないものとなった。特にロックはブルースがなければ生まれない音楽と言っても言い過ぎではない。
【アフタービート/シンコペーション】
「ビート」とは、音楽では一定間隔で繰り返す「拍子」のことだ。メトロノームは一定のビートを刻んで、その楽曲の基礎を支える道具だ。ビートの上に様々なリズムが乗ってその楽曲ならではの魅力を表現する。
クラシックを始めとした西欧音楽の場合、例えば4拍子では1小節の間に1拍目と3拍目にアクセントを置く。ところが黒人奴隷が母国から持ち込んだビートは、2拍目と4拍目にアクセントを置く。ズンチャズンチャズンチャズンチャのチャのアフターのビートにアクセントを置く。これがが「アフタービート」でジャズには欠かせない構成要素である。
実はニューオリンズで誕生したディキシーランドジャズやラグタイムは「2ビート」。ズンチャ、ズンチャのシンプルなリズムで行進曲の影響が残る。しかし、ジャズがシカゴやカンサスシティに移って音楽的に洗練されていく中で、4ビートへと変化していく。1小節に4拍のアフタービートを刻んでいく。
ビートを安定的に刻むのがベース。リズムが“命”のジャズの“要”だ。最もジャズらしさを感じるのが「ウォーキング・ベース」と呼ばれる奏法で、ズンズンズンズンと力強くアフタービートを刻む。例えば演歌でもウォーキング・ベースを取り入れると、ジャズ風になってしまう。
もう1つのジャズの重要な構成要素が「シンコペーション」、すなわち、音楽のリズムの進行において、本来のアクセントとは違った場所にアクセントを置いて、通常とは違ったリズムの“ノリ”を生み出す手法で、ジャズのみならず様々な音楽ジャンルで用いられている。
演奏のみ、あるいは歌唱付きのジャズを聴くと、メロディーを1拍ずらした感じに聴こえるが、これがまさしくジャズのアフタービートおよびシンコペーションである。
これが「ノリ」、言い換えれば「スウィング感」、聴くと体が自然に動き出すようなリズム、ジャズには不可欠なリズム感を生み出すわけだ。
このほか、ジャズの構成要素として「即興演奏(インプロバイゼーション、アドリブ演奏)」や「コールアンドレスポンス」などがあるが、ここでは省略する。
ただし、ジャズという音楽は広大な広がりを持つので、ブルーノートを用いない楽曲もあるし、即興演奏を極力排除し徹頭徹尾楽譜通りに演奏する者もある。
ジャズの構成要素が“must”ではないのがジャズという音楽である。
考えるとすれば、目安とするのは楽器編成だろう。電気楽器を用い、8ビートに変化したフュージョン以前は、エレキギターは別として、基本的にアコースティックだ。ピアノ、ウッドベース、ドラムなどのリズムセクションを基本に、サックスやトランペットの管楽器がフロントを占める。管楽器が入らないトリオもある。ともあれ、こうした楽器編成が聴く者にジャズを想起させるのは明らかだと思う。
もう1つはアフタービートとシンコペーションによるスウィング感。ジャズは静かな楽曲でも根底にスウィング感を感じる。それがジャズのジャズたるゆえんなのだろう。
【『クラシックTV』を観て】
そういう意味でガッカリしたのが前回紹介したNHK Eテレ『クラシックTV』(9月9日夜)。クラシックピアニストの清塚信也がビル・エヴァンスを紹介するというから、期待して観た。若手の“音楽家”と交代に、または連弾でエヴァンスの楽曲を演奏したが、はっきり言ってジャズになってない。2人ともプロだから楽譜通り弾くし、器用にアドリブも入れるが、リズムというかビート感がジャズじゃない。
エヴァンスはもとよりジャズの演奏には、芯にタフな“エンジン”のような駆動装置が回っていて、それをフル駆動することでジャズ特有のスウィング感、グルーブ感が得られる。それについては先述した通りだが、2人の演奏にはそれがない。メトロノームに呪縛されているクラシック音楽かのリズム感では、ジャズのリズム感は表現できないのだろう。なによりも演奏が走り過ぎる、ジャズの妙味の“タメ”や“スカシ”がない。
加えて清塚の認識間違いが気になった。ジャズの譜面は和音で指示されコードナンバーで書かれる。AmだのC7だのといったものが並ぶのだ。その和音にある音で演奏が行われるが、だからこそ、こういうジャズの性格は決まってきて、演奏の“響き”が似てきてしまうと清塚が言う。響きが似てくるとはどういうことなのだろう。
昨日9月18日付け東京新聞朝刊の放送芸能欄の読者の反響のコーナーで、この番組を観て「クラシック音楽を学んだエヴァンスは、従来の和音に音を足して複雑な響きを生み出した」という感想が寄せられていた。こういうところで誤解が生じる。そうした試みは1940年代~1950年代に始まった初期モダンジャズである「ビバップ」の大きな特徴の1つだ。
清塚のこうした“誘導”は、1959年の歴史的名盤『カインド・オブ・ブルー』でエヴァンスとマイルス・デイビスが開発したそれまでのコード奏法に変わる「モード奏法」の優位性をより際立たせるための理論展開のように思う。モード奏法によってジャズは自由になったということを強調したかったようだが、コード奏法が不自由とは思わない。
これはクラシック専門家であることを原因とする清塚の認識の間違いだ。ということを認識した番組であった。やっぱり、ジャズはジャズメンやジャズシンガーに任せようということを再認識した。
〈第8回・了〉
参考文献:
1) 東京大学のアルバート・アイラー 東大ジャズ講義録・キーワード編(菊地成孔、大谷能生、文春文庫、2009年3月10日第1刷)

