2026年 03月 01日
第101回「その後の『新宿スイング』」
【そして文化祭へ 第二章 演劇部】第二回 全校生徒を前にリハーサル
七月二十一日、月曜日。夏休みに入って初めての演劇部の部活だ。
「こんにちは!」
演劇部の練習場所の教室に生徒会長の五十嵐蘭と書記の大野初美が勢いよく入ってきた。初美は良太の姿を探したがいなかったのでがっかりした。
「初美、残念でした。倉谷さんはまだよ」。洋子がからかうと、部員たちが笑った。
「そういうことを言ってると、グッドニュースを教えてあげません」と言って教室を出ていく振りをした。
そこに良太が入ってきて、「お前、また演劇部に迷惑を掛けてんじゃないのか」と笑った。
「んもう、蘭、何とか言ってよ」と膨れた。
じゃれ合いを断ち切るべく。洋子は「グッドニュースって何?」と蘭に向かって聞いた。
蘭は「ニュースは二つあります。一つはすごくいいニュース、もう一つは微妙なニュースです。あの、それで今日、荒井さんは?」
「アルバイトだけど?」
「初美、あんたから説明しなよ」。蘭が命じた。
初美が「前に私が言ったこと覚えてますか? 荒井さんが定時制に移っても今の部活が続けられるかって話」と言った。
覚えてまーすという声が方々から聞こえた。
「その話、職員会議では了承されたから、後は定時制の先生方や生徒側がどう判断するだったんです。それで、一昨日、全日制と定時制の生徒会の交流会があって…オーケーになりました!」
一瞬置いて、教室が揺れるぐらいの歓声が上がった。
「すぐに知らせたかったけど、演劇部は帰った後だったし、みなさんが一緒のところにお知らせした方がいいと思って。高山さんから聞いていると思うけど、蘭が山下先生に話して」という続きの話は誰も聞いていない。みんな興奮していた。
手塚が「私、ミントの薫子に電話してきます」と言って、すぐにでも行こうとすると、「手塚、ちょっと待って。もう一つの微妙なニュースを聞いてからにしようよ」と美紀が止めた。
◆◇
「じゃ、もう一つのニュースは私から説明します」。蘭が言った。
「九月十五日の学校の創立記念日は例年、終日、部活ができることになっていますね」
部活をやっていない帰宅組は教室で自習だ。というより自由時間で、通常の終業時間まで校内にいれば何をやっていてもいい。翌十六日は毎年振り替え休日になっている。
「一昨日、学校側から予定していた校外から招く著名人の公演が中止になったので、その代替案を生徒会が考えろという指示がありました」
勝手なことを言ってと腹を立てた蘭だが、グッドアイデアが頭に浮かんだ。
「それなら、演劇部が今練習されている『北条政子』のリハーサルをやってはどうかと考えました」
何それー、意味分かんない、などの声が返ってきた。
それにめげず蘭は続けた。
「リハーサルを生徒に見てもらいます。例えば、事前にリハーサルを行うことを告知して、観たいと思う生徒を募り、体育館で行うリハーサルを観てもらって、その場でアンケートを取って、それを『北条政子』に生かす、よりよいものにするということです。うまく説明できなくてすみません。それに、文化祭の本番の宣伝にもなると思います。親や兄弟、知り合い、友達に『面白いから観に行こうよ』と宣伝してもらう効果もあると思います」
演劇部の部員たちは面食らったが、蘭のプロモーター気質、イベンター気質を初美から聞いて知っている良太は冷静に受け止めた。
教室は静寂に包まれた。それを破るように、「一回やればお役御免と思ったら、二回もやるのか?」。良太が茶化すような口調で言った。
「学校側には少し時間が欲しいと答えました。演劇部のみなさん、お願いできませんか?」と言って口を閉じた。
◆◇
「いきなり本番よりはいいかもしれないね。芝居が初めての倉谷君たちも生徒だけが相手なら少しは気が楽だと思うな。みんなの意見を聞きたい。薫子と木下君の意見も聴かなければならないから、結論は少し待ってね」と洋子は蘭に答えた。
「もちろんです。できれば早めにお答えをお願いします」と言って初美とともに教室を出ていった。
「手塚。薫子に電話してきて。今の話もね。それから倉谷君も木下君に今の二件、話しておいてくれない。二人が来た時に話し合うから」と言った。
手塚は素早く公衆電話のある事務室へ向かい、良太もうなずいた。
実は良太は舌を巻いていた、蘭の話の持っていき方に、だ。まず薫子の件で吹奏楽部に貸しを作り、それから創立記念日についての頼みごとをする。演劇部としては断りにくくなる。なかなかやるなと思った時に愕然とした。それは自分の考え方の投影であり、蘭にはそうした考えはなかったのかもしれない。
(俺は汚れている)
あまり反省することのない良太が珍しく自分の内面と向き合っている。
「倉谷君、何をボーッとしてるの? これから土曜日に話した配役を決めなければいけないんだからね。自分のはもう済んだって思わないで、積極的に発言してね」
副部長の美紀に釘を刺されて、良太は我に返った。
「ああ、了解」
◆◇
侍女役四名と代役四名、裏方二名だ。
自己推薦、他者推薦、譲り合い、押し付け合いなどいろいろ揉めた結果、次のような結果となった。
政子/代役=手塚敏江(二年)
保子/代役=小野寺誠(二年)
郎党/代役=桐生朋美(一年)
説明者/代役=美濃部里香(二年)
侍女=甲斐みつき、立川京子、橋本律子(二年)、中村忍(一年)
照明・大道具・舞台装置=水島裕子(一年)
音響効果・衣装・化粧=玉木純子(一年)
なお、代役の四名は裏方も担当、または手伝う。
進行・舞台監督=手塚敏江(二年)
照明・大道具・舞台装置=美濃部里香(二年)
音響効果・衣装・化粧=小野寺真琴(二年)、桐生朋美(一年)
大道具・舞台装置など力仕事については男子の良太と真吾が全面的に手伝うこととする。
「次は台本。第一稿は持ってるね。それを見てね。改稿した台本をざっと読みあげるから、変なところ、違和感がある部分を何でも言ってください。そして、討議し正式の台本にします。台本、配役を山上先生に提案して、了承してもらったら本格的に『北条政子』の練習をスタートします」
◆◇
台本の中身を聞いた部員たちは口々に、「ずっと分かりやすくなりました」とか「昔の話なのにすごくリアルに感じます」とか「第一稿にあった『現代を生きている女性は政子に恥じない生き方をしているでしょうか』という問いかけが表現されていると思います」など興奮して語った。
中には「木下さんの郎党がすごく楽しみです」と真吾が聞いたら緊張の度が増すような意見や、「倉谷さんの役が一番むずかしいかも」という良太にプレッシャーをかける意見もあった。
ともかく、台本は非常に好評だった。
「では、配役と台本はとりあえずいいとして、その他の重要なことについて話し合いましょ。まず衣装。玉木純子、早速だけどどう考えるかな?」
純子は「高山さんが前におっしゃったのは、確か、北条政子の時代に合わせてそれ風にすると喜劇になっちゃう、着物は着るし、髪も後ろでまとめるけど、メイクはしないと。そうした衣装やメイクに頼るのではなく、演技で観る人がその役と認識できるようにしなければいけないと。それは正しいと思います」
「純子、よく覚えてるわね、私が忘れちゃったようなこと。でも、意外にいいこと言うね、私」
美紀が「よく言うよ、自分で」と突っ込んだ。
「じゃまず着物はどうする? できるだけ地味な色柄の着物と帯がいいよね。家にある人、お母さんやおばあさんが着ている、または着ていたものがあったらそれを借りる。ない人のためにできるだけ多く用意する」
「地味な色柄って想像が付かないんですけど」。純子が聞いた。
「私も分からないけど、結婚式や成人式に着ていくようなものじゃないことは確かだね。暖色系の色でも日本らしいおとなしめのものかなあ。派手な刺繍が入ってるのはだめだね。とにかくできるだけ持ってきてね。見てからみんなで決めようよ。帯はできるだけ細いやつ。それをお腹の下の方で締めるんだよ。江戸時代みたいな『お太鼓結び』じゃなくて、ごく簡単に結ぶらしい。調べとくね」
「それと、男はどうする? 着流しだとなんか変じゃない? 演歌の歌手みたいでさ」。美紀が言った。橋幸夫? 三波春夫でございます。一節太郎って「にーげたにょうぼ」だっけ。
「ああ、うるさい。真面目に行くよ。そうだな、袴。そう、袴がいいよ。武士って感じだよ。でも、どこから調達するかが問題だな」
◆◇
「メイクはしないって言うけど、ノーメイクってわけにはいかないよね。みんなはどうでもいいけど、私はいや。薄くてもする」。美紀がなぜか息巻いた。化粧の話になると俄然張り切る美紀であった。
「髪はどうする? 今までの大河ドラマなんかみると、女は長く伸ばして中間ぐらいを結んでいるね。結ぶの、細く切った半紙がいいよ。鎌倉時代って感じじゃん」
「それがいいね。男子の髪はどうする。そのままでいいか」。洋子が言った。男子の髪型まで考えるのは面倒臭いということか。
部員たちが盛り上がる中、良太は黙っていた。いや、下手に口を開くと文句ばかりになってしまうからだ。自分が着物を着て袴をつけている姿を想像し、あまつさえ薄いとはいえメークもする。
(こりゃ、真吾の反応が怖いぜ)
「次、大道具。政子や保子、侍女たちがいる場所は建物の中にある部屋で左が入り口。舞台から少し高くして、それが部屋の中という設定にする。どうやって高くするか考えなきゃならない。裕子が中心になって考えてね」。洋子が大道具担当の水島裕子に言うと、代役担当で大道具を手伝う美濃部里香が、「背景も考えなければいけないかと思いますが、裕子と一緒に考えます」と答えた。裕子は一年なので二年の里香が当面はリードすることになるだろう。
「もう一つ、これは私が担当しますが、今回は歴史劇なので、立ち居振る舞いが現代風では違和感があります。古い時代の日本ならでは『所作』を学ぶ必要があります。そのコーチとして打ってつけの人がいます。事務の名取まゆみさんです」
寅松マーケットの事件で荒井薫子からの電話を取り次いでくれた人だ。
「名取さんのお父様は小笠原礼法の師範をされていて、名取さんも小さい頃から礼法を学んでこられ、今はうちの高校で働きながら師範となるべく修業中です。所作の指導を頼むのにぴったりだと思うんです」

