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旭利彦の「日本人にとってのジャズ」

第108回「横須賀スイング 第一部 あの日から始まった」

第一章 もがく/第四回 横須賀ドブ板通り


 結局、帰宅したのは夜八時過ぎになってしまった。家族は既に夕食を終えていた。


「何やってたの? こんな時間まで」と文句を言いながら、母親の玉枝は味噌汁を温め直してくれた。


「うん、ちょっとね」


「クラブ活動って休日までやるの?」


「ジャーナリズム研究会には平日も休みもないんだよ、うるさいな」。良太は文学部ジャーナリズム学科に進み、授業以外でもジャーナリズムを学んでいる。


「母さん、落ち着いて食べさせてあげなさい」。父親の尚之が言った


「お父さんは良太には甘いんだから。片付けるんだから早く食べて」


 このうちの茶の間はいつもこんな感じだ。これに姉貴のみどりが加わるとさらに凄まじいことになる。と思っていたら本人が入って来た。パジャマ姿で頭をバスタオルで巻いている。


「何がジャーナリズムなんだか。だから理屈っぽいのよ。お前のどこがいいのか、上野初美ちゃん。くっついたり離れたり。恋愛はもっとクールじゃなくちゃ、私を見習って」


それを聞いて尚之がお茶にむせた。


「みどり、お父さんが動揺するようなことを言わないの」。玉枝がたしなめた。


「はいはい、よーく分かりました。俺も風呂に入る。ごちそうさま」と言って使った食器を流しに出した。


◆◇


 六月二十一日、月曜日。良太は授業の合間に大学構内の公衆電話から、母校の森山高校の代表番号に電話をした。つながるのは事務室だ。相手の受話器が上がった。


「もしもし、名取さんはいらっしゃるでしょうか?」


「はい、私ですが」。良かった、本人だ。去年、演劇部の所作稽古で厳しく指導を受けた小笠原礼法の未来の師範、名取まゆみだ。


「去年、演劇部でしごかれた倉谷良太です。覚えてますか?」


「しごかれたって人聞きの悪い。覚えが悪かった男子部員ね。お元気ですか? 確か相模大学文学部に進学…」


 驚いた。単なる一生徒のその後を把握しているのか。


「驚いたみたいね。卒業生全員を把握しているわけじゃないわ。記憶に残る生徒っているのよ。演劇部の二人とか、君とか、木下真吾とか。木下君にはびっくりした。竹梅映画撮影所に大道具として就職なんて。職員室ではいっとき話題をさらっていたわ。『あの悪童がまともに就職した』てね…」


 このままだと限りなくしゃべり続けるだろう。こっちの十円玉がなくなっちまう。


「そんなことをしゃべって大丈夫なんですか? 周りとか」


「誰もいないからしゃべってんじゃない。で、ご用はなんでしょうか?」


「いや、ちょっと聞きたいことがあって。卒業生に『おやまつ』さんていう人がいなかったかなって」


「おやまつさん。調べなきゃ分からないわねえ。でも、何で知りたいの?」。当然の疑問だ。ここで下手にごまかさない方がいいと本能的に感じる。


「俺の同級生に工藤達平というやつがいました」


「知ってる。全共闘狂いだけど本当は単なるミーハーの目立ちたがり屋ね」


「ちょっと前、電車で偶然会って、少しだけ話しましたが、もう少しきちんと話しておけば良かったと後悔したんです。家に電話したらお母さんが、一人暮らしをしているが電話はないというので、勤め先の電話番号を聞いて電話したけど出ない。もう一度家に電話して、お母さんから高校の先輩のおやまつさんに仕事を世話してもらったという話を聞いたので、高校に聞けば何か分かるかと思って電話したんです」


「ふーん。何だか釈然としない話ねえ。でもいいわ、他でもない洋子が信頼した倉谷良太の頼みだから調べてあげる。そう、夕方五時ごろにもう一度電話をちょうだい」


 授業が終わってジャーナリスト研究会の部室に顔を出して、先輩たちと無駄話をして時間を潰し、さっき使った公衆電話で森山高校にダイヤルした。名取が電話に出た。


「残念だけど過去十年間分の卒業生の名簿を調べたけど、おやまつという名前はなかったわ。ちなみに工藤君は何の会社に就職したの?」


 言うべきかどうか迷った。が、「消費者ローン、いわゆるサラ金です。そんなところで十八、十九の高校出たての男がどんな仕事をしているか想像もできない。仕事で疲れていたのかもしれないが、電車の時、すごくしょぼくれていた。だから、何もできないけど話を聞くことぐらいはできると思ったんです」と答えた。


「それが同時にジャーナリストという仕事へのトレーニングになると思ったりして…ごめん、余計なことを言ったね。もちろん、これは口外しない、安心して。じゃあね」と一方的に電話が切れた。


 お見通しかよ、何もんだ、この女。当然相手には聞こえないが、大きく舌打ちしてやった。


◆◇


 帰宅したとたん、玄関の電話が鳴った。良太が出ると、「真吾だ。昨日すごかったぞ」と挨拶もなしで大声でまくし立てた。


「ちょっと待てよ。今帰ったとこだ、靴も脱いでない」


「そりゃちょうど良かった。出て来いよ。俺はまだ途中だけど、すっ飛ばしていく。十五分で行く。国鉄逗子駅前のロータリーで待ってろ」と切れた。


「ったく、何なんだよ」と言いながら、入ってきたばかりのドアを開けて出ていった。


「おかえり…あれ?」。玉枝が出てきて首を捻った。


 国鉄逗子駅前のロータリーは良太がほんの三、四歳の頃は、「街頭テレビ」で黒山の人だかりのただの広場だったが、今はちょっとした公園になっている。その周りはスーパーマーケットや魚屋、薬局、理容店、不動産屋などが軒を連ねている。その前はバスの発着所やタクシー乗り場だ。


 ほどなく、なぎさ通りから真吾のバイクが現れ、ロータリーを半分回って駐車し、フルフェースのヘルメットを脱いだ。そしてベンチに座った良太の横に座った。西の空の赤みがまだ残っている。六月の夕暮れは七時過ぎまで続く。


「お前なあ、こっちの都合も考えろよ」。良太は怒って見せた。


「本気で怒ってたらここに来ないだろ」。真吾はせせら笑った。


「で、何なんだよ。たいした話じゃなかったら帰るからな」


「昨日、誠治さんと駅前でタクシーを拾ってドブ板に行った。運ちゃん、近過ぎるって文句言ったが、誠治さんがチップで黙らせた。ドブ板通りを誠治さんが言っていたEMクラブまで歩いていこうとしたら、前から俺の知り合い、っていうか拳骨仲間がやってきやがった」


 またその話か。高校時代、たびたび聞かされたストリートファイト。卒業して二カ月ちょっと、やっと聞かなくなったと思ったら、古巣はやっぱり血がたぎるんだろうな。


「佐島の相模水産高校を出たやつらだ。よくやり合ったのは『ひさお』ってやつで、そんときもニヤニヤ笑いながらきやがった。前ならすぐに横道に誘ってやり合ったんだけど、誠治さんが一緒だから、無視して行こうと思ったんだ。そしたら、前に立ちはだかって足元に唾を吐いたんだ。それでも無視して行こうとすると、俺の背中に回し蹴りを入れてきた。痛いのを我慢して、ひさおに掴みかかろうと思ったら、ひさおが急にいなくなった。その後ろには誠治さんがいた」。真吾は一気に話した。


「たぶん、膝の裏っかわを膝頭で押したんだろうな。そして、ひさおの腕を後ろに捩じり上げて地面に倒し込んだんだ。腕を固めたまま、膝を背中に乗せて、ひさおの耳元に『俺の弟子を侮辱することは許さない』と低い声で言ったんだ。『俺の弟子』だぜ。年寄りが手際のいいところを見せたもんだから、呆気に取られてひさおの連れは何もできなかった。誠治さんは『腕を折るか、肺を潰すかどっちがいいか?』とひさおに言うと、『どっちも嫌だ』と潰れた声で言うんだ。誠治さんは腕の力を緩めてたみおを解放した。が、しばらくは油断しないでひさおたちを睨んでいたが、ふっと顔をほころばせて、『悪かったな。これで気分を直してくれ』って財布から金を出してひさおに渡した。そして、『真吾、行くぞ』と歩き出したんだ」


 そう言ってから真吾は良太の反応を待った。


「何とか言えよ。すげえだろ? それでEMクラブまで行って、誠治さんは少し眺めた後、『喉乾いたな。お前、いける口だろ? そこらでビールどうだ』って言うから、ハンバーガー屋に入ってちょっと飲んで、誠治さんは『じゃあな』と言って国鉄横須賀駅に向かって行っちまった。何か気が抜けたけど、俺は満足だ」


 と言ってまた良太の反応を見た。


「最後の部分は真実だが、その前はフィクションだな」。良太は言った。


「フィ、フィクション? 何じゃそりゃ」


「都合よくお前の喧嘩仲間が登場したり、因縁を吹っかけてきたり、それを誠治さんが防いだりするか? 体のいい不良漫画じゃねえか。いつから考えてきた? その筋書き」


「しっつれいなやつだな、ほんとだぜ」


「で、何でわざわざそれを言いに来たんだ?」


「くっそー、信じないんだな。家に帰って昼寝して、バイクでミントに行った。そしたら、お前が帰ったばかりだって。何しに来たのか聞いたら、工藤の母親から話を聞いて、これ以上聞いて回るのはやめた方がいいんじゃないかと悩んでいたと聞いて。落ち込んでいるかと思って…」


「励ましに来てくれたか? ありがとうよ。蓮子さんや薫子は続けるべきだと言ってくれた。薫子は、自分のことを気にしている人がいるというのは、すごくうれしいことなんだって言ってた。それが怖気づいた俺の背中を押してくれたよ。いい子だな、お前の彼女は」


「ば、ばかやろう」と言って真吾の顔は真っ赤になった。夕焼けの中でもはっきり分かるほどだ。


「腹が減ったな。俺んちで飯を食ってけ」と言って良太はベンチから腰を上げた。



# by toshi58asahi | 2026-03-26 16:08 | Comments(0)

第107回「横須賀スイング 第一部 あの日から始まった」

第一章 もがく/第三回 CPCの調査員


「良太は相変わらず良太なんだね。知りたいことは知りたい。今回もそういうことかな?」


 真吾や薫子、臨太郎はハラハラした表情で二人を見つめていた。


「確かに自分でもやりすぎだと思います。でも、電車で見た工藤はまっさらな背広とネクタイで、本当ならイキイキしていていいのに、工藤の顔は何か思い詰めているような、何か言いたいような表情だったんです。俺はあいつと揉めたいきさつがあるから、素直に聞けない。そのまま別れてしまった。それで、気になっていたから」


蓮子は表情を和らげて、「私が神経質過ぎるみたいね。ごめん。ちょっと外の空気を吸って来る」と言って店を出ていった。


「たぶんパチンコだと思います」と薫子は冷静に説明した。


「倉谷さんのような人は周りにいないから、倉谷さんのような物の考え方というか行動の仕方になかなか慣れないんだと思います」


 薫子と蓮子はいいコンビだと誠治は思った。互いに不足しているものを補い合っている。


「さっき、揉めたいきさつがあったと言ったが、どんなことなんだ?」


 谷口に記事掲載を強要した件、そのために学生運動の活動家を学校まで呼びつけてオルグしようとした件、それを良太と真吾が阻止した件、そもそも谷口には弱みがあった件、反戦活動に関わっていた件、などを良太は説明した。


「なるほどね。委細承知した。薫子君、後でこれを蓮子君に伝えておいてくれたまえ」


 そこに薫子が帰ってきた。


「あれ? パチンコ出なかったんですか?」。手ぶらの蓮子を薫子がからかった。


「パチンコなんて行ってないよ。ちょっと商店会の件で忘れていたことがあったのさ。良太、さっきはごめん」と言ってカウンターの中に入った。


「それでは、私の頼みについて説明しよう。この間、臨太郎には少しだけ説明した。君たち、薫子君も目撃したかな、熱気球。そうか、目撃したか。その熱気球に乗って、警察署に留置中に死んだ石山欽一がなぜあんなことをしでかしたかを調べたい。新聞の記事に書かれている事実はごくわずかだ」


住所不詳、自称画家の石山欽一、四十六歳、目的は横須賀米軍基地への攻撃と供述。熱気球が飛んだ昨年六月二〇日の翌朝、森山町の山中の畑で熱気球が発見されたが操縦していた人間はいなかった。その翌日の二二日未明、そこから遠くない空き家にいた石山を発見した森山警察署の警察官が任意同行を求め、森山署で取り調べが始まった。石山はダイナマイトが入った登山用ザックを所持していた。これで横須賀の米軍基地を攻撃するという内容以外供述せず、六月二九日、日曜日、警察の留置場で急性心不全で死亡。容疑者死亡で書類送検に事件に幕。


「警察が政治的背景、背後関係などを調べたがまったく分からなかった。遺留品の熱気球や電球、ダイナマイトの入手経路も全く分からない。そもそも石山欽一という人間は戸籍にのっていない幽霊のような人間だった」と言って誠治はコーヒーを飲んだ。


「新聞やテレビも調べたらしいが、分からなかったらしく、報道は次第に少なくなっていった。事件から一年経った今では事件そのものは全く忘れ去られている。だが、今回、私に調査を依頼した人物は、自称石山が自分の知っている人物じゃないかということで、それを調べてほしいというのが依頼内容だ。その人物は今から三十年近く前、自称石山と仕事をし、大きな借りができたというのだ。ただ、本当に借りかどうかは分からない。もしかしたら“貸し”かもしれない」


◆◇


「貸しかもしれないというのはどういう意味ですか」。蓮子が聞いた。


修羅場を潜って来た蓮子にとって、借りだの貸しだのという言葉には敏感に反応する。ここまでの蓮子の反応や話の内容を聞いて、職業柄、洞察力や推理力に優れた誠治は、蓮子という女性を理解していた。


「それを説明するには、私や調査事務所の共同経営者である能見丈二が、三十年前にどのような仕事を始めたかを説明する必要がある。簡単に説明するね。昭和二十年、私は復員して家内の真上りんと一人娘の一恵と再会した。食べなければならなかった私は横須賀の米軍基地に行って職を求めた。そこで再会したのが能見丈二だった。ハワイ生まれの日系アメリカ人の丈二は、戦前、私と同じ東京・新宿でジャズ歌手をやっていた。しかし、戦争が激しくなっていく中で帰国せざるを得なかった」


「誠治さんは新宿で何をされていたのですか」


「淀橋署の刑事だ。昭和十年、事件絡みで丈二や家内と出会った。軍属で通訳として再来日した丈二を大船に連れていった。そこに、丈二が日本に残してきた妻がいたからだ」


「もしかして去年、真上りんさんが歌われたあの時、誠治さんとりんさんと一緒にいらっしゃった女の方ですか」


「そうだ。丈二もいたよ。それはともかく、丈二は私たちに言ったんだ、食べることに苦労させないってね。大船に来た時も乗って来たジープに大量の食糧を乗っけてきた」


「レーションの横流し品ですね」


「おやっ? あなたはどういう人ですか?」と誠治は目を見張った。


「実家が戦後すぐに創業した建設会社なんです。この近くにあります。父親が一代で大きくしました。ご存じでしょうけど、横須賀で商売していく中でいろいろあったと、父は今も時々話しています。そういう環境で育ったので、いくらかは知っています」


「お若いのに大したもんだ。横流し品です。その話をした時、臨太郎は嫌な顔をしました。違法ですから。でも、そうしなければ餓死するしかなかった」と言って臨太郎を見た。臨太郎は目を伏せた。


「翌二十一年、丈二はビジネスプランを提案してきた。一つは家内のりんをジャズ歌手として本格的にデビューさせること。その前に進駐軍クラブで歌って実績を付けることを勧められた。ジャズの師匠である丈二は、どうしてもりんを歌手として成功させたかったんだね。自分が仕事を回すから私にマネージャーをやれと言う。女が一人でやるには危な過ぎたから、用心棒を兼ねたんだよ」


納得する部分があったのか、蓮子は大きくうなずいた。


「蓮子さんは知っていると思うが、ドブ板通りの中にEMクラブ、アメリカ海軍下士官兵クラブができた。そこのダンスホールで歌うためのオーディションにりんは合格して、スター歌手として上り始めた。りんは東京や神奈川の基地内の将校クラブや、劇場やホテルのダンスホールで歌いまくった。私は自動車免許を取って車を買い、りんの移動を助けた」


 蓮子は「すごいです。すごくいいお話です」と言った。


「もう一つのビジネスプランは私のためだった。米軍絡みの調査を行う探偵事務所を一緒にやろうと言うことだった。それが今の真上能見調査事務所の始まりさ。きっかけのなったのは丈二が通訳の傍ら始めたCPCの調査員という仕事だ」


CPCの調査員というのは…」。良太が聞いた。


GHQ、連合国軍最高司令官総司令部の下に昭和二十一年に設置された組織で、『民間財産管理局』のことだ。『日本に所在する連合国・中立国等の財産の保全、解散させた超国家主義的な団体や戦犯容疑者等の財産および日本国内の枢軸国の財産の封鎖・管理・処分、日本国内の日本人の外国為替・在外資産の探索・管理を任務とする』」


※民間財産管理局(CPC)は、正式には194638日に設置された(一般命令第10号)が、同年後半まで実質的な活動は開始されなかった。同局は、日本に所在する連合国・中立国等の財産の保全、解散させた超国家主義的な団体や戦犯容疑者等の財産および日本国内の枢軸国の財産の封鎖・管理・処分、日本国内の日本人の外国為替・在外資産の探索・管理を任務とした。194812月には賠償局が廃止され、賠償(中間賠償)にあてるための日本の産業設備の搬出の任務がCPCに移管された(一般命令第16号)。


「つまり、日本軍や日本人が戦争中にアジアの国々で分捕った私有財産を元の所有者に返還したかどうかを監視する組織さ。その調査員は六千人ぐらいいたが、丈二はその一人になった。そういった調査なら日本人の元刑事がぴったりってことで、二人が組んで仕事を始めたんだ」


「まるで映画や小説みたいですね」。目を輝かせて薫子が言った。


「探偵とか調査と言っても、実際は人に会って話を聞き、それを裏付けるために別の人に会う。それで辻褄が合っているかを確認し、次に誰に何を聞くかを考える。地味な作業だよ」


「そのCPCの調査で関わった人物が石山を自分がしている人物じゃないか確認してくれ、借りを返したいという依頼なんですね?」


 そう言う良太を見ながら、「そういうことだ。ただし、美談になるような調査ではないことは、その人物の素性を勘案しても明らかだ。たぶん、腹に一物も二物も持っている。だが、この依頼は非常に興味深い。マスコミに流すのも面白いだろう。警察を出し抜くことにもなるから。手伝わないか?」と言った。


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「贈り物はモロトフカクテル」第1回 : 小説アサヒ


# by toshi58asahi | 2026-03-22 05:48 | Comments(0)

第106回「横須賀スイング 第一部 あの日から始まった」

第一章 もがく/第二回 交換条件


「へえ、そんなことがあったんだ」。岸臨太郎はコークを飲んだ後、げっぷをしながらそう言った。


「しゃべるかげっぷするかどっちかにしろよ」と真吾は嫌な顔をした。


「ごめん」と言いながらまた「ゲフッ」と出した。


「オルグのことは聞いていたけど、工藤って生徒のこと聞いたっけ?」


「言ったよ。自分の興味のあること以外は、すぐに忘れるんだからな」。良太が言った。


 三人がいるのは「食堂 井之上」、つまり臨太郎の両親が働く店の上にある住居の臨太郎の部屋だ。六月一三日、日曜日。三人が集まったのはゴールデンウィークに横須賀中央の喫茶店「ミント」以来だ。


「お前の興味って言えば、最近、音楽活動はどうなのよ」。良太が聞いた。


 臨太郎は東京・目黒にある私立大学経済学部に入学し、すぐにモダンジャズ研究会に入部。ジャズまみれの毎日を送っている。たまにOBづらして森山高校吹奏楽部に顔を出す。吹奏楽部は以前のポップス中心のバンドに戻り、スウィングジャズは数あるレパートリーの一つになっていた。ただし、ジャズの洗礼を受け、バンドの音は厚みを増していた。それを新一年生に継承している最中だ。


「別に変わったことはないよ。授業が終わったら部室かキャンパスの隅っこで練習してる。たまにジャズ喫茶でジャムセッションに参加したりして。東京の主だった店は回ったかな」


「ジャム…」と言いかけた良太を押しのけて、真吾が「そのジャム何とかって何だ?」と聞いた。


「ジャムセッションというのはさ、演奏の仕事が終わった後、残って好きに演奏することを言うんだよ」と臨太郎が説明を始めた。


「僕みたいに楽器のケースを持っている客がいると、『おぬしもやるのか』と思い、見つめてきて顎の先で『来いよ』と誘ってきたり、指先でチョイチョイと呼んだりするんだ。その誘いに乗ってステージで一発吹くんだ。アドリブ勝負で『面白い』と思われたら、なかなか帰してくれない」


真吾が「それって道場破りみたいなもんなのか? 勝ったらそこの看板をいただくとか」と言った。


臨太郎は苦笑しながら「勝った負けたじゃないんだよ。だから、看板をもらわない」


「ジャム…」と良太が言いかけるとまた真吾が割り込む。「勝ち負けじゃないなら、何でそんなことをするんだ?」となおも言い募る真吾に、良太が「お前が好きな喧嘩は、単に勝ち負けじゃないだろ? 喧嘩して相手が分かるというか、喧嘩して仲良くなるやつもいるだろ。それと同じさ」と説明すると、真吾はようやく納得した。


「でさ、ジャムセッションの時、真上りんさんの孫とか能見丈二さんのことが知られると大変だろ」良太が聞くと、「ううん、名前を聞かれたら岸って答えるから大丈夫。たまに『ノーチェーサー』で会ったことのある人がいたら分かっちゃうけど、別に『そうなんだ』って感じだよ」と臨太郎は答えた。


 大騒ぎを期待した良太は気が抜けた。


「それよりさっきの工藤君がおかしなことになっているんじゃないかって話。やっぱり気になるよね」と臨太郎は話を変えた。


「映画やドラマだったら、こういう時に探偵に調査を頼んだりするんだよな」と真吾が冗談交じりに言った。


「誠治さんに依頼したりして。でもなあ、依頼するということは金がかかるということだろ? 俺はしがない撮影所の大道具だし、良太はもっとしがない貧乏大学生だろ? 依頼なんかできないな、そうだろ良太」


◆◇


翌六月一四日、月曜日の夕方。臨太郎は開店前の『ノーチェーサー』を訪ねた。新宿署の前にあるジャズの生演奏が聴ける店だ。臨太郎の祖母、真上りんが経営している。


 階段を降りて真っ赤なドアを開けると、掃除をしている深見圭子が臨太郎に気が付いた。


「いらっしゃい、臨太郎。久しぶりだね」と使っていたモップをテーブルに立てかけた。


「うん、圭子は元気? 毎日バイトに来てるの?」


「うん、最後まではいないけどね。臨太郎はバイトしてるの?」


「神田駿河台の楽器店で週三回だけ。それより歌えてる?」


「ここで? うん、たまに、りんさんのピアノで」


 去年十月、森山高校の文化祭でジャズナンバー『ユードゥビーソーナイストゥーカムホームトゥー』を歌い、臨太郎のトランペットと共演して以来、圭子はジャズボーカルの魅力に取りつかれてしまった。


それまでは音楽を趣味に留めて、普通の短大に進学する予定だったのを取りやめ、代々木にあるジャズ系の音楽専門学校へ進路を変えた。


りんに弟子にしてほしいと懇願し、最初は弟子なんて取らないと拒否していたりんだが、圭子の熱心さとジャズシンガーとしての才能を見込み、「師匠と弟子なんて落語家みたいなのはごめんだから、まあ、気が向いた時に知っていることを教える知り合いのおばさんということならOK」ということで、文化祭が終った十月の翌月から「ノーチェイサー」に出入りし始めた。と言っても、高校生だから夜の立ち入りはNG。昼間の営業時間前にりんの“講義”を受けることになった。


そして今年の春高校を卒業し、予定通り、ジャズの専門学校でトロンボーンを学んでいる。同時に、“りんの弟子”を自称して、「ノーチェイサー」の押し掛けバイトを春から始めている。りんが都合がいい時、店の休みに稽古をつけてもらっている。将来の目標はもちろん、ジャズ歌手だ。


 バックヤードから真上りんと能見丈二がやってきた。


「りんたろう、何か用なの?」。相変わらずの黒ずくめのファッションのりんが聞いてきた。今年、還暦を迎えた当初は機嫌が悪かったが、諦めがついたのか、ようやく以前のりんに戻っていた。


「ううん、今日はバイトが休みだからちょっと寄ったのさ」


「お前、あちこちの店でジャム荒しやっているそうじゃないか。そろそろ、真上りんの孫だ、気を付けろという回状が回り始めてるっていう噂だぜ」と笑いをかみ殺しながら丈二が言った。


「それはないと思うな。もしそうだったら、もっと扱いがいいか、それとも悪くなるかのどっちかだと思うよ」と臨太郎が答えると、「口が減らないガキだな」とりんがにらんだ。


 丈二を残してりんがバックヤードに戻った。そこにドアが開いて、誠治が店に入ってきた。


誠治は「臨太郎、頑張ってるか? 圭子は頑張ってるぞ、なあ、圭子」と圭子を見た。


「何だか分かりませんが、まあ、そうしときましょ」と言って圭子は看板を持って表に出ていった。階段上に看板を出すのだ。


「ちょうどよかった。お前に話したいことがあったんだ」と誠治がチラッと丈二の顔を見ながら臨太郎に言った。


入り口に近いテーブルを囲んだ三人を見て、外から戻った圭子が「何か飲み物持ってきますか?」と聞いた。


「ありがとう。今はいい」と誠治が答えた。


モップを持った圭子はうなずいてバックヤードへ消えた。


誠治は臨太郎に顔を近づけて、小声で話し始めた。


「臨太郎。これから話すのは、お前の親父やお袋には内緒の話だ。いいな。一年前に森山で熱気球騒動があったろ。お前がいた高校に襲来したってやつ。前にお前にその話聞いたよな」


「うん、僕と圭子、吹奏楽部の部員と一緒に屋上で見たよ。熱気球に向かって思いっきりラッパを吹いてやった」


たった一年前の出来事なのに、昔のことのようだ、でも、あれがきっかけで吹奏楽部がビッグバンドになったんだよな、などと一人の世界に入りこもうとする臨太郎を誠治は止めた。


「実は今、それを調べている。犯人がなぜあんなことをやったのか、調べてほしいという依頼があった。昔の知り合いからだ。それで頼みがある。いやあ、俺も丈二も今年で七十一歳になっちまった。丈二と二人で調査事務所をやっていると言っても、ここ十年ほどは老体でもできるちんけな企業調査程度だ。そんな時に、久々に探偵の魂を熱くしてくれる依頼が飛び込んできた。だから、丈二と二人でやりたいが、いかんせん体力に自信がない。そこで、お前らピチピチの若手に手伝ってもらいたいということなんだ」


 話し終わり臨太郎の反応を見ると、孫は難しい顔をしている。


「何だ? だめなのか?」


「いや、こっちからも交換条件がある」


「何だ? ギャラか? そこらへんはまかせとけ。そこらのアルバイトよりはいいと思うぞ」


「そうじゃない。こっちからも探偵としてのせいさんやジョージさんに頼みがあるんだ。その相談でやってきた。それと引き換えなら良太や真吾に頼めると思う。とりあえずみんなで会おうよ」


「?」という表情で誠治と丈二は顔を見合わせた。


自分から頼みがあるんだから出向くと言って、誠治が横須賀に来ることになった。丈二も来たがったが外せない用事をあったので誠治一人が来ることになった。


 帰宅してから臨太郎は良太に電話をして、話をするのはどこがいいか相談した。


「臨太郎、サンキュ。うまく話を進めたな」


「でさ、場所なんだけど『ミント』でどうかな。他に適当なところがないんだ。蓮子さんと薫子には客が来てちょっとした打ち合わせをするから、少しの間、場所を貸してほしいと頼んだらどうかな」


「臨太郎、お前ますます冴えてる。それで行こう」


臨太郎はすぐにミントに電話をして蓮子に相談した。


一時間ぐらいなら貸し切りにすると蓮子は答えた後、「どなたがいらっしゃるの? 準備しなくて大丈夫?」とさかんに客の正体を聞きたがるが、臨太郎は「来てのお楽しみ」と焦らす。


「やな奴。あんたも真吾や良太に影響を受けてすっかりすれちゃったね」と言った。


# by toshi58asahi | 2026-03-19 09:46 | Comments(0)

第105回「横須賀スイング 第一部 あの日から始まった」

「その後の『新宿スイング』」の翌年、1976年(昭和51年)6月から「横須賀スイング」はスタートする。おなじみの良太と真吾の登場だ。


第一章 もがく/第一回 やくざに恫喝される


国鉄川崎駅東口から東方向、川崎競馬場や川崎競輪場、川崎球場に向かう国道一三二号を、倉谷良太と木下真吾は地図とメモを見ながら歩いていた。


国道から左に入ってしばらくすると堀之内町のエリア。次第に居心地の悪さを感じ始めていた。


平日の夕方だから、まだみんな働いているはずだが、この街は男どもで賑わっている。店頭に立って、キャッチを行う店の男たちに声を掛けられて、そそくさと店に入る男を見ながら、良太は「真吾、やっぱりトルコ風呂街だったな」と言った。


「そうらしいな、ったく。早く用を済ませてここから出たいよ」と真吾が溜息交じりに答えた。


メモを見て住所を確認したそのビルは、トルコ風呂店に挟まれた雑居ビルだった。軒が低く開けっ放しの入り口の横にある郵便ボックスに小さく「つるかめローン」と手書きで書いた紙が貼ってある。「二階の二○三号室だったな」と言って木下真吾が先に階段を上っていく。


ギシギシ鳴る狭い廊下の左右に「二○三」というプレートの下に「つるかめローン」と印刷した看板が貼ってある。


 真吾がノックした。反応はない。ドアに耳を寄せた。物音は聞こえない。ドアノブをひねってみたが回らない。


「いないようだけど、どうする?」。振り返って良太に聞いた。


「そうだな」とお互いに顔を見合っていると、階段から男が二人上がってきた。


二○三の部屋の前に立っている良太たちを見とがめて、四十がらみのスポーツ刈りの男が「おたくら、ここに用事?」と聞いてきた。


 答えずに見返していると、「聞いてるんだよ。二人して耳が聞こえないわけじゃないよな」と声を尖らせた。


「用事がないなら、そこをどいてくれませんか?」ともう一人の五十がらみが言った。七三の髪を整髪料で光らして地味なコートを着ているが、まともな勤め人ではないことは表情と口のきき方でわかる。


 俺たちは場所を空けた。

 

スポーツ刈りの男がドアをノックし、反応がないと、しばらく見ていた後、良太たちに向き直り、「さっきも聞いたけど、おたくらの用事は何?」と質した。


「あなたたちにお答えする義務はないと思いますが」。良太は精いっぱいの気力で答えたが、手も足も細かく震えていた。


「おいこら、なんだ、その言い方は」


「おい、やめろ。おにいさん、わかったよ。俺たちはここに用があるんだが、連絡がつかない。もし、何かわかったら教えてくれないか。礼をする」と言って五十がらみが良太に名刺を渡してきた。


「黒瀬亮」という名前と電話番号だけの名刺だ。電話番号はつるかめローンと同じ市外局番だから、川崎なんだろう。


「はい。何かありましたら」と良太は答えた。


 スポーツ刈りは良太から目を離さずに、ポマードの後を付いて階段を下りていった。


「やばいな」。真吾は良太が言うのを手で制して、わざと「出直すか」と言って階段に向かった。


 階段を降りる最中、真吾は小声で「見張ってるかもしれない。気を付けようぜ」と言った。


 ビルを出ると、十メートルほど先の公衆電話ボックスに隠れるようにスポーツ刈りが立っているのが見えた。良太は真吾に目配せした。


 気が付かないふりをして、駅方向に向かって歩き始めた。角を曲がる時に目の端で確かめると、スポーツ刈りが後を付けている。


「駅に入ってまこうぜ」真吾が言った。この手のトラブルは真吾にとっては日常茶飯事だったから、言う通りに行動したら間違いない。


◆◇


 事の始まりはこういうことだ。


森山町の気球事件から一年近くが経った一九七六年(昭和五一)六月四日、金曜日。横浜市立相模大学一年生の良太は金沢文庫にある大学に行くため、自宅から最寄りの京浜急行逗子海岸駅に全速力で走っていた。改札を抜けて、閉まりかけの電車扉に飛び込んだ。


乗客にぶつかりそうになって謝ると、相手は高校の同級生だった工藤だった。工藤は背広にネクタイ姿で、高校時代のボサボサ頭が七三に変わっている。


「見違えたね。これから出勤ですか?」。息を弾ませながら、からかい口調で良太は聞いた。


「まあね」と言って工藤は照れ笑いを浮かべた。


 それで会話は終わった。去年、谷口への記事掲載強要でトラブって以来、良太も工藤もお互いを避けてきた。


 離れたところに一つずつ座席が空いていたので、二人はそれぞれ座った。気が付くと工藤はいなかった。


そもそも工藤とは何者なんだろう。学生運動活動家を気取って校内をかき回して、校外の活動家を呼んでオルグを仕掛けて、失敗して捨てられても活動家を追っていく。熱気球飛来の翌日には嬉々として取材に応じる。一方で熱気球飛来現場では「俺も連れてってくれえ」と叫ぶ。


 要するにミーハー。目立つことが大好きなやつだ。と良太は判断している。あえてつきあいたい相手じゃない。


良太は卒業後、工藤が就職したか進学したかも知らなかった。サラリーマン風の格好をしているところを見れば、働いているのだろう。


電車で工藤に遭遇した翌週の月曜日(六月七日)、授業を終えて横浜駅西口のレコード店に行くため横浜駅に着くと、駅前でヘルメットとタオルで顔を隠した連中が五人ほど、通行人に何かのビラを配っていた。反権力、反体制の決まり文句を汚い文字で書きなぐった幟を支えている者もいる。関わりたくないので迂回して通り過ぎようとすると、ビラを配っていた一人が良太に向かって手招きした。無視して行こうとすると、そいつは足早に近付いてきて腕を掴む。良太は思いきり相手の手を振り払い、「何をするんだ」と声を荒げた。


「そう怒るなよ。俺だよ」と言って、顔の下半分を覆っていたタオルを下ろして、胸ポケットから煙草を出し火を着けた。そいつは高校にオルグに来た長髪男だった。


「君は確か森山高校の。あんときは迷惑かけたねえ」と言うから、「いえ、別に」と素っ気なく答えた。しかし、急に工藤のことが気になった。


「そういえば、工藤とはその後つきあいがあるんですか?」と聞いた。


「いやいや、あんときは俺たち、白紙状態の高校にどうにか食い込もうと思って必死だったのよ。横須賀中央駅前でビラ配ってたら工藤が声を掛けてきたから、チャンスだと思って出向いたら、君やおっかなそうな君の連れがいたんで、すぐに諦めたんだ。君には悪いけど、そこまで価値のある学校とは思えなかった」と言って、煙草を吹かした。


「工藤が追いかけてきたけど、追い返したよ。その後はたまに俺のところに電話を寄こしてきたな。適当にあしらっていたけど、懐かれちゃって困ったよ」


 良太は無言で相手を凝視していた。


「怖い顔をするなよ。そういえば、君たち、高校を卒業したんだろ。工藤が何週間か前に電話してきて、就職しました、これからは資本主義に邁進して稼いでいきますと元気な声で言ってたな。頑張れよって言ったらうれしそうに『はい』って答えやんの」


良太は我慢が出来なくなって、薄ら笑いを浮かべ続けている相手の顔に顔を近づけて、「よお、あんた、クズだな、心底」と言って、そこを立ち去った。「なんだよ」という声を背中に聞きながら。


 工藤は気に入らないが、あそこまで悪しざまに言われると腹が立つ。工藤が哀れでならない。どうしているんだ、工藤。


◆◇


工藤のことが気になったので、帰宅してから自室の本棚に差してある卒業アルバムの住所録のページを開いた。工藤達平の住所は横須賀市秋谷だ。逗子からバスに乗って森山町を通過するとすぐに横須賀市に入る。海沿いを走ったり街中を通ったりして、初めての漁港が秋谷漁港だ。良太にはその程度の知識しかない。


工藤は自分とは反対方向から高校に通っていたことを初めて知った。


腕時計を見ると午後七時。財布の中に十円玉があることを確かめてから外に出た。夕暮れの中、近くの川沿いにある公衆電話ボックスに入って、メモった工藤の電話番号を回した。


呼び出しているが出ないので、切ろうと思った時、「もしもし、工藤です」という年配女性の声が出た。

「もしもし、僕は達平君の高校の同級生だった倉谷と言います。恐れ入りますが、達平君はご在宅でしょうか」


「はあ、高校の同級生。いえ、達平は今いません。というか、ちょっと前に家を出てアパートで暮らしてます。何か御用ですか?」


「いえ、先週の金曜の朝、京急逗子海岸駅で偶然会って、あまり話せなかったから、電話をしてみようかと」


「帰ってきた日ね。アパートには電話がないから、もし御用なら会社に電話してください」と言って、母親らしき女が電話番号と会社名と住所を教えてきた。


 野次馬根性の塊のような良太は、工藤の母親に礼を言って電話のフックを押すと、すぐに工藤の会社の電話を掛けた。が、全く出ない。


 こうなると良太は止まらない。木下真吾が大道具として勤める大船の竹梅映画撮影所に電話した。幸い真吾は退社してなかった。


しばらく待っていると、遠くから「すみません。誰だこんな時間に」という真吾の声が近付いてくるのが受話器から聞こえた。


真吾は鳶職になるつもりだったが、大船の梅竹映画撮影所に就職し、大道具の修業を始めている。きっかけは、臨太郎の実家に通ううち、食堂に通う大道具初老男三人組とのつきあいが深まり、三人について仕事を始めることにしたのだ。撮影所にはバイクで通っている。


「はいもしもし、木下ですが」。不機嫌に出てきた。


「俺、良太。忙しそうなら切ろうか」


「ここまで俺を呼び出しといて切ろうかというのは、どういうことだ。要件を早く言え」


 というので、工藤に関する疑問を簡単に伝えた。すると、一緒に行くから直接会社に行こうと言い出した。「気に入らないやつだが、お前の言う通り、哀れだよ。一度会ったら、お前の気も済むだろう。明日休みだがお前はどうだ」というので、良太は「夕方ならオーケー」と答えた。


 それで六月八日、火曜日に川崎に行って、明らかに裏の世界の住人といった雰囲気の二人組と会い、何とか尾行をまいたというわけだ。



# by toshi58asahi | 2026-03-15 07:51 | Comments(0)

第104回「その後の『新宿スイング』」

【そして文化祭へ 第三章 幕が上がった】第二回 吹奏楽部


『北条政子』の幕が上がった頃だ。臨太郎は腕時計を見て残念がっていた。良太と真吾の舞台姿が見られないのを。


 音楽室では吹奏楽部員と顧問の水沼かおりが、午後二時半からの本番に向けて、最後の仕上げに掛かっていた。仕上げと言っても、楽器を鳴らすわけではない。今日演奏する曲をレコードで何度となく掛けるだけだ。


 この時点で練習しても何がどう変わるというものでもない。それより、リラックスしてレコードを聴き、ゆったりと本番に気持ちを向けていく方がいい、というのがりんや丈二からのアドバイスだった。


 だから、部員は好きな姿勢で過ごしていた。椅子にきちんと座っている者は少数で、床にじかに座って壁にもたれている部員、何人か集まって窓の外を眺めている部員たち。


それでも自信がないのか、レコードに合わせて楽譜を目で追う部員、運指を行う部員もいる。人それぞれだ。


 三十分ほど前にりんと丈二が激励にやってきた。誠治と絹、太と一恵もくっついてきた。絹はでかい花束、太はでかい段ボール箱を持っている。


「何で全員うち揃って来るのさ。緊張しちゃうだろ?」。臨太郎が抗議すると、「それぐらいで緊張してどうすんのよ」。りんが怒って見せた。


「お母さん!」。何人もの女子部員が一恵に手を振った。


 全員、食堂井之上でご飯を食べ、一恵と太とは顔見知りだ。


「みんな元気そうね。おや? もう一人、見たことない顔がいるわね」


「顧問の水沼先生だよ」


「あらそうですか。うちの馬鹿がいつも手間を掛けてすみません。先生も一度うちに食べに来てくださいね」


「お子さんを『馬鹿』って」。ノーチェーサーで誠治さんも同じことを言ってたなと思いながらかおりが答えた。


「先生、いいんです。こんな口しかきけない愚かな親ですみません」。臨太郎は少しもすまなそうじゃない口調で言った。


 そのやりとりに音楽室中が爆笑した。


 絹がかおりに花束を渡した。かおりは恐縮しきった表情で「あ、ありがとうございます」と最敬礼した。


 太は「この不良老人たちからの差し入れ。いろんな飲み物だ。氷で冷やしているから冷たいぞ。ああ重かった」と床に降ろした。


 校内の好きな場所で昼食を食べた。差し入れの冷たい飲み物も一緒だ。


 午後二時には軽音楽部が終わるから、すぐにステージのセッティングが始められるように舞台裏で待機した。


◆◇


 当初、舞台の上で演奏する予定だったが、十七人という大人数では舞台は狭すぎる。そこで舞台の前、客席と同じ高さで演奏することになった。そのスペースを確保するため、客席は後ろに移動させた。


通常、舞台の上が定位置のアップライトピアノは吹奏楽部の男子部員の手によって舞台下に移動された。移動には学生服に着替えた良太と真吾も手伝っている。鳶のバイトは力仕事でこうした作業はお手の物だから、真吾は張り切っている。


舞台に向かって左にアップライトピアノ、その横にウッドベース、そのまた横にドラムスが据えられた。その前に左からクラリネット二管、トロンボーン四管、サックス四管、トランペット四管が並ぶ。ベース以外は全員椅子に座った。部員たちの横には楽譜台が置かれた。


 演奏をリードするバンドマスターはかおりになった。部長でジャズを主導してきた臨太郎がやるべきだと固辞したかおりだが、臨太郎はぜひにと頼んだ。


 臨太郎からすれば、ジャズという演目はかおりの理解と協力がなければ実現できなかったものだ。だから、バンドマスターという晴れがましい立場になってもらうことで恩返ししたいと思ったのだ。


 腕時計を見つめていた臨太郎がかおりに合図を送ると、部員全員の視線がピアノのかおりに集まった。かおりは手の指の数で、スリー、トゥーとカウントを取り、ピアノを響かせて演奏をスタートさせた。


カウント・ベイシーの『ジャンピン・アット・ザ・ウッドサイド』だ。その途端、ステージに強烈な照明が当てられた。照明を担当しているのは真吾だ。


曲が終わると、向かって左にマイクを持った良太が立っていた。


「みなさん、こんにちは。『森山高校スウィングジャズバンド』のステージにようこそ。僕は三年生の倉谷良太です。演劇部の部員ですが、ジャズが好きなのでヘルプで吹奏楽部の司会を買って出ました。ちなみに同じ演劇部の木下真吾が照明担当です」


照明が点滅した。


「よろしくと言ってます」


聴衆から笑い声が上がった。


「今の曲はカウント・ベイシー楽団の『ジャンピン・アット・ザ・ウッドサイド』という曲です。ダンス音楽としてのスウィングジャズの代表曲の一つである曲です。次はグレン・ミラー楽団を二曲、『アメリカン・パトロール』と『イン・ザ・ムード』です。『アメリカン・パトロール』は外出した兵士の行動を監視するアメリカ巡察隊のことということらしいのですが、男子部員はそれを、ドブ板通りを見回っているミリタリーポリスみたいだと言ったとのことです。たぶん当たっているのでしょう。では二曲続けてどうぞ」


「何なの? あの子。プロ顔負けの司会者ぶりじゃないの?」。りんは舌を巻いていた。


「ああ、『北条政子』に続いてこっちでも活躍してるね」。誠治が答えた。


「一曲目は何とか乗り越えた。これからが勝負だ」。丈二は冷静だ。


「でも、みんな、可愛いわね」。めったに人を褒めない絹が言った。


◆◇


『アメリカン・パトロール』は吹奏楽部がジャズバンドに変身した第一歩の記念碑的ナンバーだ。丈二に徹底的にしごかれたから、その分、部員たちには思い入れが強い。


 思いっきりビートを効かせてジャンプした演奏を披露した。聴衆の盛大な拍手と歓声が鎮まるのを待って良太が話し始めた。


「『イン・ザ・ムード』を聴いて、戦後、世の中が本当に自由になったことを実感したと父が言っていました。ちなみにグレン・ミラー楽団のバンドリーダーのグレン・ミラーが演奏するのはトロンボーンです。先ほどのカウント・ベイシーはピアニストです。そういうことを知ってから聴くと、演奏がより楽しくなるでしょう。次の二曲はベニー・グッドマンの『レッツ・ダンス』、デューク・エリントンの『テイク・ジ・Aトレイン』です。ベニー・グッドマンはクラリネット奏者なのでクラリネットの演奏に注目してください」


 演劇部の洋子と美紀はコンサートが始まってから圧倒され続けていた。今日初めて聴いたが、これほどまでとは思わなかった。周りにいる部員たちは手を叩き、足を踏み鳴らし、歓声を上げて純粋に楽しんでいた。


「倉谷君、『北条政子』の時よりずっといいじゃない。どういうこと?」


洋子が憎まれ口を叩くと、「仕方ないんじゃない? もともとジャズの人なんだろうから。『北条政子』もいい仕事をしたと思うよ」と美紀が笑った。


 客席の後ろでは不良どもが勝手な振り付けで踊っている。視線を上げると体育館の天井に近い壁伝いにぐるりと張ってある手すり付き通路で、照明を操作している真吾が悪童どもを暖かな視線で見ている。


 洋子はなんだか鼻の奥がツンとした。その一方で、洋子は心の中に一つの屈託を抱えていた。


今回は自分が突っ走って『北条政子』を舞台に掛けたが、「説明者」は斬新過ぎたかもしれない。やっぱり演劇は役者同士の対話で劇は作り上げなければならない。今回のやり方はそれなりに観客には好評だったようだが、それに甘えてはいけないと思う。見直しが必要だろう。この公演で自分と美紀は引退だから、その前に部員たちに相談しよう。もちろん良太と真吾にも。「いまさら言うんじゃねえ」と言われそうだが。


とりあえず引退して、先輩として外部からアドバイスするか。そうすると、真吾のことを問題視したOGと同じか。


横から肘で突かれた。


「何ぼんやりしてんのよ。楽しもうよ」。美紀が上気した顔で言った。


 そうだよね、問題はあとあと。


◆◇


 

 曲が終わり良太が話し始めた。


「二曲目の『テイク・ジ・Aトレイン』のAトレインは、ニューヨークの列車のことだそうです。次の曲はグレン・ミラーの『ムーンライト・セレナーデ』です。ではどうぞ」


デューク・エリントンはこれまでの曲と同じようなアップテンポの曲だったが、次のグレン・ミラーナンバーはゆったりしたメロディーだ。


 演劇部の連中も生徒会の三人も、その他、体育館にいる聴衆はみなゆっくりとリズムに身を委ねている。そして、ひとりふたりと手指で目を拭ったりハンカチでまぶたを押さえる者も出てきた。


「『ムーンライト・セレナーデ』はグレン・ミラーの作曲したスロー・バラードで、いつもミラー楽団が開幕に演奏するテーマ曲として有名だそうです。ここでちょっと趣向を変えたいと思います。三年生の深見圭子さん、岸臨太郎君、二年生の篠原真理子さん、こちらに来てください」


 トロンボーンを置いた圭子と、トランペットを携えた臨太郎、テナーサックスを持った真理子が集まった。良太は真理子にマイクを渡した。


「深見さんと岸さんはこの公演で吹奏楽部を引退します。お二人には最後にもうひと仕事お願いしようと思います。ヘレン・メリルとクリフォード・ブラウンの演奏で知られるスタンダードナンバー『ユードゥビーソーナイストゥーカムホームトゥー』、日本語では『帰ってきてくれたらうれしいわ』です」


 マイクは良太に返すと思ったら圭子に渡された。


 すぐに演奏が始まった。ドラムスの根来のカウントでかおりのピアノ、ベースの秋山、サックスの真理子がメロディーを奏で始め、それに臨太郎のトランペットが乗っかった。


 そして圭子が歌い始めた。ピアノ、ベース、ドラムスのリズムセクションがそれを支える。


 英語の発音は拙いが、少ししゃがれた声はジャズに合う。なによりもノリがいい。白いシャツと紺色のプリーツスカートという何の変哲もない制服姿で歌うジャズは新鮮だ。


 ワンコーラスを歌い切り、かおりのピアノのソロが始まった。そして臨太郎のトランペットのソロに続く。


 短いサックスとトランペットを挟んで、再び圭子に戻る。圭子の顔にはさらに自信が満ち溢れ、聴衆をゆっくり見回す余裕も見せる。


 そして全ての楽器が揃ってエンディング。


 一瞬の間が空いて、嵐のような拍手と歓声が聴衆から沸き起こった。圭子は顔をクシャクシャにして聴衆にお辞儀をし、仲間たちにお辞儀をし、真理子と抱き合った。


「すごい。いつの間に…」。りんの言葉が途切れた。


一恵が席を立ってりんの前に来て、りんの手を取り立ち上がらせ、思いっきり抱きしめた。小柄なりんの頭は一恵の胸辺りだ。二人はしばらくそのままでいた。一恵は首を曲げりんの耳元で「さすが、あんたの孫だね」と言った。


◆◇


 圭子と真理子は自分の定位置に戻り、臨太郎は左手にトランペットを持ったまま、右手でマイクを構えていた。良太が舞台裏からアンプとエレキギターを運び出してくるのを待っているのだ。


 セッティングが終わったのを確認して、臨太郎はマイクに向かって話し始めた。


「今回、ジャズには全くの初心者である我々を指導してくれたのは、そこにいる真上りんさんと能見丈二さんです」その瞬間、照明がりんに当たった。


「りんさんは僕の祖母であり、かつて大ヒットした『新宿スイング』の歌い手です。お二人にはこの場を借りてお礼を言いたいです。甘えついでにもう一つ。ジャズギタリストである丈二さんに演奏に加わってもらって、りんさんに歌ってもらえないかと思います。ギターは軽音楽部からお借りしました」


森山高校スウィングジャズバンドが『新宿スイング』のイントロを奏で始めた。りんと丈二は戸惑うが、意を決したようにステージに向かった。演奏はやんだ。


りんはいつもの黒いブラウスに黒のパンタロン、丈二もジーンズに白のポロシャツと紺ブレという見慣れた格好だ。丈二は良太からギターを受け取り椅子に腰かけ、軽くチューニングしてからアンプにプラグを差し込み、音を確かめる。


その間、りんは臨太郎からマイクを受け取り、「臨太郎、後でお仕置きだよ」と凄んだ。臨太郎が肩をすくめるとりんは不敵に笑った。


「お邪魔虫の真上りんです。大昔のヒット曲を歌います」


 それをきっかけに演奏が始まった。


◆◇


五十嵐蘭はこんな時に何で自分は単なる高校生でしかないのかという思いが悔しさとともに胸に溢れ返っていた。あんな素晴らしい演劇を観て、あんな才能のある女優を発見し、今度はこんなレベルの高いジャズバンドに出会い、胸を打つ歌手の卵の歌を聴き、堪らないトランペットの音にしびれたのに、これらを世間に出す力が自分にはない。


 とりあえず、誰かにこの思いをぶつけよう。それが第一歩だと蘭は思った。


〈了〉


※今回で「新宿スイング」は終了します。次回から舞台を横須賀に変えて「横須賀スイング」をスタートします。


# by toshi58asahi | 2026-03-12 09:49 | Comments(0)