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旭利彦の「日本人にとってのジャズ」

第98回『ジャズへのアプローチは無限にある「ジョン・コルトレーン」』

※小説「その後の『新宿スイング』」連載中ではありますが、“箸休め”として、以前掲載した『ジャズへのアプローチは無限にある』で掲載できなかった回を掲載します。

『コルトレーン ジャズの殉教者』藤岡靖洋著。岩波新書。2011年3月18日第1刷発行、2018年3月5日第3刷発行

第98回『ジャズへのアプローチは無限にある「ジョン・コルトレーン」』_d0401639_11462367.jpg


 表紙カバーの内容紹介は〈ジョン・コルトレーン(1926~1967)。そのサックスからほとばしる音は、ジャズという音楽を根底から変えた。 本書は、コルトレーンをよく聴く人はもちろん、これから聴き始める人にも格好の決定版評伝である。熱く煮えたぎる時代のなか、音楽が世界を変えると信じ、ジャズの可能性を極限まで追求しつづけた男の全生涯を描く。〉。

 アサヒはこれを2025年に古本で購入した。それまでは専ら演奏を通じてのコルトレーンとの“つきあい”で、コルトレーンの人生については、この「ジャズへのアプローチは無限にある」で紹介してきたジャズ関連書の内容もしくはその他の書籍や雑誌の内容を読む程度だった。

「本書は、コルトレーンをよく聴く人はもちろん、これから聴き始める人にも格好の決定版評伝である」。よく聴く人であるアサヒにとって確かに最適な評伝である。

 第6回の「私にとってのジャズ~1984年、ジョン・コルトレーン『至上の愛』~」で書いた通り、仕事の先輩から『至上の愛』が録音されたカセットテープをもらったことがきっかけで、40年以上経った現在までコルトレーンを愛聴している。

 この当時から「もっと早く生まれていれば」と考えたのが、1967年のコルトレーンの死に対してだった。そして、前年の66年、コルトレーンは生涯一度だけ日本を訪れ全国各地で公演を行った。

 当時、アサヒは8歳。コルトレーンもモダンジャズも認識していない年齢。だが、これが10年早く生まれていれば、コルトレーンの生の演奏を聴き体感することができた。かえすがえすも惜しい。

 来日公演について述べている関連書もあるが、どれも断片情報なので消化不良だった。しかし、『コルトレーン ジャズの殉教者』はもちろん、コルトレーンの全生涯を紹介しているが、アサヒにとって最も価値が高かったのが、序章を「怒涛の来日公演」に割いて、日本におけるコルトレーンの姿を克明に追ってくれたことだ。

第1章生い立ち
第2章三人の友
第3章飛翔
第4章驀進
第5章決意
第6章追求
第7章昇天

 タイトルだけ抜き出すと、ゴーストライターが執筆を請け負った有名企業家の成功の道を描いた自伝、のような感じで鼻白むが、コルトレーンの後半生、フリージャズを追求し始めると一気に宗教的になっていったことを知ると、何やら意味ありげにも読める。

「序章 怒涛の来日公演」の内容が、人間コルトレーン 一九六六年/コルトレーン・クィンテット/東奔西走/ヒロシマ、ナガサキ、神か人間か 三つのインタビュー/オーネット・コールマン/賛否両論 一九六六年日本/帰国。

〈リーダーのジョン・コルトレーンを筆頭に、五人のメンバーが羽田国際空港に降り立ったのは七月八日。ちなみに、日本中のティーン・エイジャーたちを興奮の坩堝にたたき込み、嵐のように去っていったビートルズが来日したのは、その一週間前の六月三〇日のことである。

 コルトレーンが最初で最後の来日公演をおこなった一九六六年とは、日本のポピュラー音楽史において、まさに画期をなす年であった。それは、アメリカが「ブリティッシュ・インベイジョン」、いわゆるビートルズを筆頭とする「英国侵攻」の嵐をまともに受けた一九六四年の日本版であった。〉

 今でもビートルズ来日は、“歴史の1ページ”として航空機から法被姿の4人がタラップを降りてくる映像とともに繰り返し語られる“日本人の記憶”だが、残念なことにコルトレーン来日は、日本人の一部、ジャズ業界関係者およびモダンジャズマニアの一般人のみ熱狂した出来事だった。

 実際の演奏はどうだったのか。

〈当時の公演プログラムを紐解くと「演奏予定曲目」という記述がある。その中には、“至上の愛”“スピリチュアル”“インプレッションズ”といった、コルトレーンの代表曲の名前が並んでいる。ところが、実際には、実際にはその一曲も演奏されなかった。それどころか、当時の聴衆の多くは、曲名以前に、自分たちがいったい何を聴いているのか、さっぱりわからなかったはずだ。〉

 予定した曲は演奏されなかったが、その他の代表曲が演奏された。中には定番の『マイ・フェイヴァリット・シングス』もあった。

〈しかし、このとき聴衆の耳に届いたのは、レコードやラジオで聴き親しんだメロディは跡形もなく消え失せ、まったく異なるイメージに仕上がった、ほとんど別物の“マイ・フェイヴァリット・シングス”であった。おそらく熱心なコルトレーン・ファンでも、それが“マイ・フェイヴァリット・シングス”であるとは、すぐに気づかなかったはずである。

(中略)

 山下洋輔が語る。「中村誠一が「何やってんだ!」って怒るのをぼくがなだめたね。でも、「フリー・ジャズ」をあそこで体得したから、ぼくは自ら「フリー」の道にハマっていったんだ。

(中略)

 ただし、コルトレーンの過激な演奏スタイルに付いていけない人も少なくなかった。(中略)結果、コンサートの評価は賛否両論まっぷたつに割れ、喧々囂々の論争が繰り返された。〉

 その“否”の代表として、ジャズピアニストの八木正生のコメントは次の通りだ。

〈その音楽は全く音の洪水であり、すべての空間を音で埋めつくそうとするかのように響き続ける。……まず驚かされたことは、音楽的な内容の幼稚さと安易さであった。……各奏者間の相互関係が、テンポを除いてはゼロに等しい。……ジャズの大きな特色である「相互の触発し誘発する関係」が音の上で全くみられず、まるでそれを否定してしまったのではないかと思わせるほどだ。〉

 八木の解釈は正しい。コルトレーンのジャズはそれを目指しているからだ。八木にとってのジャズにおいては幼稚で安易なのだろう。一方で同じピアニストの山下洋輔は、コルトレーンの演奏に自らの未来を見た。

 日本のジャズ関係者およびモダンジャズファンに対して、暴力的に意識改革を迫ったのがコルトレーンの来日であったようだ。

◆◇

 ここまで10回に亘って、様々なジャズへのアプローチの方法、考え方を提案した。いみじくも前回、アメリカ人研究者がモダンジャズについて、曲を演奏しているのではなく、演奏を聴かせている、高尚な啓示を頭で感じとる芸術音楽になった、曲をどう演奏するか。ジャズメンの意識はそこに向けられており、彼らにとって、曲というものは演奏を聴かせるための素材にすぎないと断じている。

 また、前述のように、モダンジャズの演奏者である一方でコンサバティブなピアニストは、新しいモダンジャズの演奏のアプローチを受け付けない。

 それこそモダンジャズ、もっと言えば多様なアプローチを継続的に行う音楽であるジャズならではの特性なのだろう。

# by toshi58asahi | 2026-02-20 11:40 | Comments(0)

第97回「その後の『新宿スイング』」

【そして文化祭へ 第一章 吹奏楽部】第五回 弾けろ、演奏を楽しめ、ジャズを楽しめ


 演奏を聴き終わって、りんと何か囁き合っていた丈二の表情が険しいのを見て、吹奏楽部全員の顔が強張った。

 臨太郎の頭に、先日の自分の発言が蘇った。

(『だめだ、やめな』と言われるかもしれない)

 部員が固唾を飲んで丈二の言葉を待った。

「何を殺気立ってんだよ。お前ら、怖いぞ。んじゃ、俺たちの感想ね。素人としては上出来だ。が、人に聴かせるレベルじゃない」

店内に溜息が渦巻いた。

 臨太郎は「だめですか?」という言葉をなんとか捻りだした。

「だめですか、って、そうは言ってないだろ。今の段階じゃ、人に聴かせられないと言っただけだ。お前ら、何を落ち込んでいるんだ?」。丈二は理解できないという表情で言った。

「あの、実は僕たち、最初の演奏を聴いてもらうのをオーディションと考えていたんです。だから…」

「あれ? すぐに通用すると思ってたの? 甘い、甘すぎる」

 りんが辛辣な感想第二打を放った。

 丈二が大きく溜息をついてから言った。

「昨日まで吹奏楽をやってた連中に、すぐに一人前のジャズをやられちゃ、プロがかたなしだ。今の段階では、教え甲斐はあるかもなというレベルだな。な、りんさん」

 りんはうなずいてから、「これから大変だ。お前さんたちもこっちも。根性入れてやってね!」と言った。



◆◇



 それから、具体的な講評が下された。

「お前たちの演奏はなによりも楽しくない。ノッてない。スウィングしてない。楽譜に忠実に間違えないようにということだけを考えてやってるから、ガチガチになっている。もし、これを文化祭で聴かされたら、オーディエンスのみなさん、ご愁傷様って感じだなあ」

 店内は鎮まりかえっている。

「だから来週、もう一度聴かせてもらう」

「いや、予定では次の日曜日は別の曲で…」

「何を言ってるんだ。一曲が完成しないで次の曲というわけにいかんだろ」

「でも、夏休み中にはなんとか全曲をマスターしないと…ジャズ講座の回数も限られているんだし」

「夏休み中に終わらなくてもいいだろ」

「何言ってるんですか? 丈二さん」

「だ、か、らあ、二学期に持ち越してもいいんだろ?」

「言ってることがよく分からないよ」

「お前、頭悪いのか? 耳が悪いのか?」

「ジョージ、そのへんにしておきなよ。臨太郎、からかってるんだよ。つまり、夏休みが終わってもコーチは続けるってことさ、文化祭まで」

 一瞬、間が空いて吹奏楽部員全員が「エーッ!?」と叫んだ。

「丈二さん、いいんですか?」

「いいんだよ、そう決めたの。何? 嫌なのかよ、お前ら」。部員たちの顔をねめまわした。


◆◇


 丈二は「午後に本格的な指導を行うから、早めに昼食を食べよう」と言って。りんと一緒に外に食べに出た。

「部長、私たち、これからどうなるんでしょうか」。真理子がおにぎりを頬張りながら言った。

「真理子、大丈夫よ。見込みがないのなら、部長が前に言ったように『だめだ、やめな』って言われたはずだから」。圭子が慰めた。

「そうよ。とにかく第一関門は何とかクリアしたんだから上出来よ」。かおりが言った。

 とはいえ、吹奏楽部員の意気は下がりがちだ。

 食べ終えた部員から自主練を始めた。

 午後一時にりんと丈二が戻ってきた。その後ろから年配の男女が姿を現わした。

「あ、こ、こんにちは」。かおりが挨拶した。

「こんにちは、お邪魔しますよ」。ブラウスにパンタロン姿の女性が挨拶に応えた。

 臨太郎以外の部員たちはとりあえず「こんにちは」と言ったが、相手の正体が分からないから戸惑っている。

 臨太郎が「絹さんとせいさん、何しに来たの?」と聞いた途端、「あっ!」という声がそこかしこで上がった。

 絹と誠治の名前は伝説化している。直接会ってないが、演劇部方面から、その存在感については聞こえてきている。

 丈二さんの奥さんだよ、りんさんのご主人、ということは部長のおじいさん、などという囁き声が店内に満ちた。

「陣中見舞いってところかしら、追分団子を買って来たから食べてね。人数分あると思うから」と言って、紙袋をかおりに渡した。

 部員は恐縮して「あ、ありがとうございます」と唱和した。

 誠治は「臨太郎の馬鹿が世話を掛けていると思うが、よろしく頼むな」とぼそりと言って店を出ていった。絹は後に続いた。部員たちは焦って「分かりました」と答えた。それが臨太郎は馬鹿ということを暗に肯定しているということにみんな気が付かないほど緊張している。


◆◇


「さて、俺のことを少し説明するか。俺はハワイ生まれの日系アメリカ人だ。戦前に新宿にやってきてダンスホールでジャズを歌った。ある事件で知り合った真上誠治を介して、りんさんのジャズの素質に惚れ込んだ」と言ってりんを振り返った。

 りんがうなずくのを見て、「で、戦後、日本語と英語ができることから通訳として再び日本の土を踏んだ。そして、俺はもう一度、日本でジャズをやろうと思った。りんさんを再び歌手にするというやり方でな」と続けた。

「戦後、日本には進駐軍と一緒にジャズが押し寄せてきた。多くはスウィングジャズだった。代表的な存在は『ゲイ・クインテット』というバンドだ。これは戦前から日本で活動していたフィリピン人ジャズメンのフランシス・キーコとレイモンド・コンデという人たちが結成した。キーコはピアノ、コンデはクラリネットだった」と言ってレモンウォーターを飲んだ。

「一方、進駐軍と一緒にアメリカからやってきたジャズメンも多くいた。その中でも有名なのは、ハワイ出身の日系アメリカ人の俺と同じように通訳として来日したジェームズ・荒木だ。サックス奏者だ。ゲイ・クインテットがスウィングジャズをメインに演奏していたのに対して、ビバップという次世代のジャズを日本のジャズメンに紹介したのが荒木だった。俺はこの時点でビバップに馴染めず、スウィングジャズをやっていた。ただし、歌はやめてジャズギターの奏者としてだ」

 部員たちは息を呑んで丈二の話を聞いている。

「何かを言いたいのかというと、そういう戦後のめちゃくちゃな時代に、ジャズはぴったりな音楽だったってことだ。戦争に負けてアメリカに占領されて、食べるものがないし、未来がどうなるか分からない。不安だらけだ。何もかも全てやり直しだけど、だからこそ全て自由に進んでいける。圧倒的な解放感にはスウィングジャズほどマッチした音楽はなかったんだ。君たちはあの時代を知らないだろうが、あの時代に自分がいたらどうだっただろうかということを想像しながら演奏してもらいたいと思うんだ」

 りんが続けて、「というのは年寄りの冷や水。好きにやればいい。音符を間違えるのを恐れるな。間違えるのを怖がったら気持ちが萎縮する。間違えたら次に間違えなければいい。委縮するとジャズが楽しくなくなる。ジャズメンの楽しい気持ちは演奏でオーディエンスに伝わるものなんだ。ジャズの場合、スウィングすることが一番大事で、そのためにはリズムが一番大切だ」と言った。

 あ、僕と同じことを言ってる、と臨太郎は思ったが、本物の言葉は重みが違う。


◆◇


 もう一度、『アメリカン・パトロール』を演奏した。丈二はりんと話し合っている。

 演奏が終わると、「さっきの話が少しは効果あったようだ。ノリ始めている。だが、まだ及び腰だ。弾けろ、演奏を楽しめ、ジャズを楽しめ。俺たちの体が動き出すようにしてくくれ。スウィングジャズはダンスミュージックだ。ダンスホールの客が踊れなければ失格だ。俺たちが踊れるようにしてくれ。もう一回」と言った。

 丈二は順番に楽器の各パートグループの近くに寄っていって、じっくりと聴き始めた。

 トランペット、サックス、トロンボーン、クラリネット、ピアノ、ベース、ドラムス。表情と頭の動き、手振り、時には足振りで指導していく。それはさながら指揮者のようだ。それも、クラシックのような威厳のある指揮者ではなく、ちょっと古いが「スマイリー小原」のような、それ自体が一種の芸になっている動きなので、部員の中には笑うのを必死にこらえている者もいる。

 他校の吹奏楽部の多くは顧問の教師が指揮を執るが、森山高校吹奏楽部に指揮者はいない。代わりに生徒のコンサートマスターが演奏の傍ら、部員の演奏を目配りする。

 いずれにせよ、グレン・ミラーもベニー・グッドマンも演奏者兼バンドマスターだ。うちの部はそういう意味ではもともとジャズバンドの形態を取っていた、と臨太郎は思った。

「こら、臨太郎。演奏に集中しろ。すぐにお前のソロだ。さっきみたいにレコードを真似ることはない。お前のインプロヴィゼーションで行け。すっ飛ばせ」。手拍子を打ちながらりんが煽り立てる。

 丈二とりんのアジテーションは、部員たちのジャズに対する違和感だとか遠慮とか尻込みなどを削り取っていった。ジャズのリズムに没入しなければ、丈二は目敏く見つけて至近距離で煽り立ててくるのだ。油断できない。

 そんな濃厚な時間を一時間ほど過ごした。部員たちはへとへとだった。肩で息をしている者もいる。

「とりあえず、練習はこれくらいにしよう。後は自分たちでさらにブラッシュアップしたものを、今度の日曜日に聴かせてくれ。それと並行して次の一曲を決めておくか。臨太郎」

 さっきはそんなこと、言ってなかったくせに、と思ったのが表情に出たのだろう。

「何か文句あるのか。そうか、言わなきゃ分からんか。『アメリカン・パトロール』が予想外に早くマスターできたから、次の分も明日から練習しておこうというのが気に入らんのか。だったら、みっちり『アメリカン・パトロール』だけ練習するか」

 すかさず真理子が「分かりました。次の一曲を決めたいと思います。ね、部長、そうですよね」と言うと、「その通りです」「オーケーです」という声が全員から上がった。

「どうだ、臨太郎。どうするんだ」

「分かったよ。曲はグレン・ミラー『イン・ザ・ムード』と『ムーンライト・セレナーデ』、ベニー・グッドマン『レッツ・ダンス』、デューク・エリントンの『テイク・ジ・Aトレイン』、カウント・ベイシー『ジャンピン・アット・ザ・ウッドサイド』だよ」

「それじゃ、まずはグレン・ミラーをマスターしようぜ。『イン・ザ・ムード』はアップテンポ、『ムーンライト・セレナーデ』はスローテンポ。どっちも戦後、大人気のナンバーだったんだ」

「ジョージ、見てみなよ。みんな精魂尽き果ててるよ。絹さんがくれた団子で一休みしない?」

 通常なら歓声が挙がるところだが、疲れ果てた部員からは何の反応もない。

「しょうがないね。真理子と圭子、手伝って。日本茶入れるから」



参考文献:
戦後日本のジャズ文化 映画・文学・アングラ(マイク・モラスキー。岩波現代文庫。二〇一七年五月一六日第一刷発行)



# by toshi58asahi | 2026-02-20 05:06 | Comments(0)

第96回「その後の『新宿スイング』」

【そして文化祭へ 第一章 吹奏楽部】第四回 集団行動が一番安全


 七月十二日、土曜日に戻る。


臨太郎によるジャズ基礎知識の講義の後、部員は臨太郎が持参したグレン・ミラー楽団ベスト盤の『アメリカン・パトロール』だけを何度も聴いて、部員それぞれが自分のパートの楽器の演奏を耳でコピーして覚えた。


その後、何度も聴いたレコードの『アメリカン・パトロール』を流しながら一人ずつ音を出させた。部員たちは曲に合わせて、部員は耳コピーと楽譜を頼りに必死に演奏した。もちろん顧問のかおりも同じように演奏した。


演奏の拙さは予想以上だった。部員全員、愕然となった。さすがに臨太郎だけは慣れたものだ。


内心の動揺を隠して臨太郎は、「とにかく、まず必要なのは吹奏楽部の各パート、各部員用の楽譜です。先生、スコア作り、手伝ってください。その間、みんなは自主練お願いします。今五時だから六時に戻ってきてください」と指示した。


森山高校吹奏楽部は正式のビッグバンドに比べて人数が少ないので、楽譜も人数に合わせて調整しなければならない。臨太郎とかおりは音楽室の隅の机に横並びしてスコア作りに集中した。


部員は邪魔をしないように、校内の好きな場所で練習するため音楽室を出ていった。


部員が音楽室に戻り、全員が帰宅した。臨太郎とかおりは残って十三人分の楽譜を作り続けた。


◆◇


七月十四日、月曜日、音楽室に吹奏楽部員が集まってきた。この日は顧問の水沼かおりは欠席だ。教師の本業があるから練習に専念できない。空いた時間に参加するということになった。


この日はまず土曜日に臨太郎とかおりが作った各パート、各部員用の楽譜を渡して、一人ずつ実際に音を出してもらうことにした。今度はレコードは掛けずに自分の音だけで勝負だ。土曜日とは格段に違う音だ。部員たちもびっくりしている。


「自主練が効いたんだね」。臨太郎が言うと、「家でもやっていたんです」と真理子が答えた。うなずいた部員も同様に自宅で自主練したのだろう。


火曜日、かおりが参加した。試しに全体で演奏してみたら、たどだどしいが何とか聴けるレベルになっていた。


 水曜日から金曜日、ただひたすら音と演奏に磨きを掛けた。そして、金曜日もあと少しで部活動終了時間という時に、最後ということでもう一回演奏してみた。みんな疲れていたが、闘志は消えていない。


 なんとか満足のいく演奏になったと臨太郎は思った。


◆◇


 七月十九日、土曜日、二学期の終業式が終わると、吹奏楽部の部員は音楽室に急行した。翌日のジャズ教室初日に備えて、今日は練習は休みとし、翌日の「ノーチェイサー」までの行き方についての打ち合わせを行って、昼前には帰宅することになっていた。


この「行き方」でひと悶着あった。


部員の多くは自由に店まで行きたいから、交通手段と店の住所、地図を教えてほしいと希望した。が、かおりは学校の最寄りの鉄道駅である国鉄逗子駅で集合してから一緒に行くことを主張した。


「勝手に行くのは絶対だめ。なんてったって新宿よ。田舎の高校生が一人でボーッと歩いていたら、どんな目に遭うか分かったもんじゃない。集団行動が一番安全」と譲らない。


「えー? 毎回ですか?」。臨太郎が聞くと、「そう」と言う。


 えー?という声が音楽室中に響きわたった。


 臨太郎は「最初はそれでもいいですが、二回目からは別々に店に直接行くようにしましょう」と提案したが、かおりはこれも譲らなかった。しかし、殺意のこもった部員の視線を浴びて少し考え直した。


「それなら、パートごとにグループで逗子駅に集まって店まで行く。これでどう?」


「それもいいですが、いろいろ行き方があると思いますのでむずかしいですね。それならいっそのこと、国鉄新宿駅西口にパートごとに集まる。電車の中なら危険はないでしょう。クラリネットの二人とドラムスとベースは一緒のグループでどうですか?」と臨太郎が逆提案すると、「私は?」とかおりが不満そうに聞いた。


「そうですね。お好きなグループを選ぶというのはどうですか?」


「了解」。かおりはなんとか納得したが、部員たちの不満顔は直らなかった。


◆◇


ということで、一緒に行動するのは楽器パートで作るグループということになった。パートリーダーがそのままグループのリーダーということになった。


トランペットグループの四名は、リーダーが湯村真奈美(二年)で、以下、岸臨太郎(三年)、下条佳世(二年)、向坂幸一(一年)。


サックスグループの四名は、リーダーが篠原真理子(テナー。二年)で、以下、佐々木道徳(テナー。二年)、玉井希久江(一年、アルト)、百合岡信二(一年。アルト)。


トロンボーングループの四名は、栗原秀太(二年)がリーダーで、以下、深見圭子(三年)、桐谷裕子(一年)/春山徹(一年)。


クラリネットの仁藤和子(一年)、関根裕子(一年)は、コントラバスの秋山正人(二年)、ドラムスの根来仁(二年)と同じグループで、リーダーは持ち回りだ。


◆◇


七月二十日、日曜日、朝八時、数日前に梅雨が明けて、この時間から真夏の日差しが照り付けている。


国鉄逗子駅の改札前に、楽器を持った私服姿の森山高校吹奏楽部の部員十二名と顧問一名の総勢十三名が顔を揃えた。ピアノのかおり、ドラムスの秋山、ベースの根来は当然、楽器は持っていない。ノーチェーサーの楽器を借りる予定だ。


部員が揃っているか、各自、国鉄新宿駅までの切符を購入したこととともに確認したかおりは「じゃ、行くわよ」と勇ましく声を挙げて改札に向かった。「修学旅行かよ」という声が聞こえているはずだが、かおりは聞こえないふりをした。


 吹奏楽部ご一行、計十七名は緊張した面持ちで西新宿の青梅街道に面した四階建ての臼田ビルを見上げた。そして視線は一階に出ている真っ赤な地に白抜きの「NO CHASER」の看板に移った。


「みんな、覚悟はいい?」。かおりが押し殺した声で聞くと、「はい」と部員たちは答えた。なぜか殺気立っている。


 お前たち、赤穂浪士の討ち入りか、と臨太郎は心の中で苦笑したが、茶化す気はない。何と言っても、これから吹奏楽部がビッグバンドになれるかどうかの瀬戸際なんだ。


 臨太郎は腕時計を見て、「ちょうど約束の十時です。行きましょう」と看板の横の階段を降り始めた。一行は臨太郎の後ろに従って静かに降りていく。


 ビル一階に出ている真っ赤な地に白抜きで「NOCHASER」の文字が目立つ。真っ赤なスチールのドアがあり「準備中」のプレートが下がっていた。その看板の横の階段を下りていくと、真っ赤なスチールのドアがあり「準備中」のプレートが下がっていた。


この間来たのは六月二十二日、今日と同じ日曜日。あれからたった四週間しか経ってないのに、吹奏楽部は大きく変貌した。いや、変貌の真っ最中だ。臨太郎は感慨深かった。


だが、最も変貌を遂げているのが、臨太郎自身であることを本人は気が付いていない。周りの人間が全て気が付いてるのにも関わらずにだ。


臨太郎はドアを開けた。


◆◇


 ドアを開けたはいいが、中に進もうとしない臨太郎が邪魔で、部員たちが臨太郎に次々にぶつかってくる。


「部長、突っ立ってないで中に入ってくださいよ」とか、「何をボーッとしてるんですか? また自分の世界に入っちゃったんですか?」など抗議の声が上がった。


「あ、悪い」と臨太郎が謝って横に退くと、十六名が店の中になだれ込んできた。


バックヤードから真上りんと能見丈二がおでましだ。


「時間厳守だね。偉い偉い。みんな、おはよう!」。りんは張りのある声で挨拶した。


「おはようございます。どうぞよろしくお願いします」と言って一斉にお辞儀をした。


 顧問のかおりが一歩出て、「本当にお忙しいところ、私たち森山高校吹奏楽部のためにジャズ教室を開催していただき、誠にありがとうございます。教頭の金井もうよろしく申しておりました。それから…」とくどくど挨拶が続きそうなのを、「はいはい、了解。まあ、そこらへんに座ってよ」と遮った。昨日、かおりは進物を持参することにこだわっていたが、「そういうの、りんさんは好きじゃないと思います」の一言で断念していた。


「あ、はい、では、みなさん、パートごとに座ってください」。かおりが言い終わると、りんが「まず業務連絡。今日、昼食はどうする?」と聞いた。


「お弁当を持参しました」とかおり。


「夏場だからね、食中毒を考えたら…」


「みんな梅干しをたっぷり入れた弁当やおにぎりを持ってきました」。副部長の真理子が答えた。


「そお、じゃあ、念のため、冷蔵庫に入れておこうか。業務用だから入ると思うよ」


 弁当がカウンターに集まった。臨太郎は勝手知ったる店の内部だから、カウンターの中に入って弁当を冷蔵庫に収納した。


「臨太郎、ついでに飲み物用意して。そこに大きめのタンブラーあるだろ。それに水と氷を入れて、冷蔵庫の中にあるレモンの輪切りを適当に入れてちょうだい」


「手伝います」と全員が椅子から立ちかけたが、臨太郎は「圭子、手伝ってよ。可愛い後輩のためにさ」と言ったので、圭子がカウンターの向こう側に行った。


「岸君。りんさん、やっぱりすごい貫禄だね。私、無理だと思う、やっぱり」と作業をしながら圭子が臨太郎に囁いた。


「大丈夫だって。自信を持つんだ。絶対大丈夫」


 そんなことを囁きあっていると、カウンターの向こうから、「飲み物運びます」、「コップをこれでいいですか」と何人かの部員の声が聞こえた。


◆◇


 りんがカウンターのスツールに座ってにこやかに部員たちを見ている。その横で丈二が口を開いた。


「さて、みんな。今日から毎週日曜日、ここでジャズ講座を開く。臨太郎から聞いたところでは、一曲練習してきたそうだが、まずそれを聴かせてくれ。その前にウォーミングアップが必要だろ。特にこの店の楽器を使うピアノ、ドラムス、ウッドベースの三人は、使い慣れたのじゃないから、慣れるのに大変だと思う。できると思ったら声を掛けてくれ」


 そう言ってから、かおりと秋山と根来を手で招いて、グランドピアノ、ウッドベース、ドラムスに案内した。


「ベースとドラムスには楽譜台があるが、ホーンセクションはテーブルに楽譜を置いてやってくれ。やりやすいように座っても立ってもいい。オーケーか?」


 オーケーです、の声が唱和されて、準備が始まった。


 ベースの秋山とドラムスの根来はすぐに馴染むことができたが、顧問のかおりは椅子の高さを直したり、楽譜の位置を調整したり、なかなか馴染むことができないようだ。


「先生、いくらやってもおんなじですよ。弾きながら慣れたらどうですか?」。テナーサックスのミッチーの遠慮のない声が飛んだので、なんとか秋山と根来と視線で会話して、「オーケーです」と宣言した。

※バックナンバー


第1回●ラーメン屋のBGMがジャズの安住の地? : 旭利彦の「日本人にとってのジャズ」


第20回●新シリーズ「渡辺貞夫と山下洋輔」 : 旭利彦の「日本人にとってのジャズ」


第27回『新宿スイング~十手とジャズ~ 第一回ダンスホール「カメリア」』 : 旭利彦の「日本人にとってのジャズ」


第49回『ジャズへのアプローチは無限にある「ジャズと麻薬と小説と」』 : 旭利彦の「日本人にとってのジャズ」


第58回「その後の『新宿スイング』」 : 旭利彦の「日本人にとってのジャズ」


※アサヒは別のエキサイトブログで小説を掲載しています。

良かったらお読みください。


「尼僧は腕っぷし~街に地上げがやってきた」第1回●ホコテンに寝て、下から歩行者を眺めてみませんか? : 小説アサヒ


「尼僧は腕っぷし~平成鎌倉宗教の乱」第1回 : 小説アサヒ


# by toshi58asahi | 2026-02-16 05:53 | Comments(0)

第95回「その後の『新宿スイング』」

【そして文化祭へ 第一章 吹奏楽部】第三回 へそ曲がりの血筋


翌七月十三日 日曜日の午前十一時、食堂井之上の電話が鳴った。取ったのは一恵だ。


「お休みのところ、すみません。私、岸臨太郎さんと同じ森山高校二年の五十嵐蘭と申します。臨太郎さんはいらっしゃいますでしょうか?」


「お休みって、うちは営業中だから休んじゃいませんが、臨太郎は今、出前に出ています。お急ぎですか?」


 臨太郎あてにはちょくちょく吹奏楽部の部員から電話が掛かってくるので、名前は憶えているが、五十嵐蘭という名前は初耳だ。彼女? 


「失礼ですが、吹奏楽部の方?」


「いえ、生徒会長をしています」


「生徒会長。あらあら、そんな偉い方が電話を。恐れ入ります」。少しも恐れ入ってない口調で言った。


 そこに臨太郎が帰ってきた。


「ちょっとお待ちを」。電話を手のひらで覆ってから、「たろう。高校の生徒会長のなんとからんという女の子から電話が入ってるよ。お前、つきあってんの? 隠していてこの子は」と言う。


「おい、母さん。いつまで電話を待たせるんだよ。相手方に悪いだろ」。太が諫めた。


「そうだね、ごめんよ」。一恵は受話器を臨太郎に渡した。


◆◇


「はい、お電話代わりました」


「あ、あの、五十嵐蘭と言います。同じ森山高校で二年生の」


「生徒会長の五十嵐さんですね。お話したことはありませんね。部活動の会合でお見かけしたことはあります」


「私も何度か。それで」


「はい」


「その」


「ああ、めんどくさい。良太から電話があったよ。五十嵐さんから電話があるかもしれないって」


「そうですか」


 臨太郎が砕けた口調で呼びかけても蘭は硬い口調で返すだけだ。臨太郎は蘭が話し始めるのを待った。


 客はいないから、手持ち無沙汰の一恵と太は臨太郎を注目している。


 決意したような雰囲気が電話の向こうから伝わったと思ったとたん、蘭が話し始めた。


「倉谷さんから岸さんのおばあさまの真上りんさんのこと、お聞きしまして…」。躊躇している。電話を掛けたはいいが、話があまりにも突拍子もない手前勝手なことだということを、じわじわ感じ始めたらしい。


「それで?」。臨太郎は面白くなってきた。以前の臨太郎であれば、困っている相手には手を貸していたが、このところ、少々底意地が悪くなってきている。


「い、いえ、いいです」


「おいおい、言いたいことがあったら言おうよ。良太から聞いてるよ。うちのばあさんに文化祭で歌わせたいんだって?」


 太が「へッ」と言った。一恵は無言だ。


「むずかしいと思うよ。うちの母親の母親だから、へそ曲がりの血筋なんだ」。そう言ったとたん、いつの間にか背後に立っていた一恵が臨太郎の腋の下をくすぐった。


「うひゃうひゃ」


「はい? 何ですか?」


「何でもない。とにかく話だけは聞こう。うちに来れば、じっくり話ができるけど」


「いえ、お邪魔だと…さっき、お母さまが営業中で、岸さんは出前に出ているとおっしゃいました…何かのお店なんですか?」


「知らなかった? そうだよね。うちは大衆食堂なんだ。電話は店だけ。えっ何?…五十嵐さん、昼飯はまだだよね。今どこ? 衣笠の自宅? そうか衣笠なんだ。ご飯を食べにおいでよ。今、母さんがそう言ってる。もちろんたださ。うちに来る僕の友達は全員食べている。吹奏楽部は全員さ。横須賀線なら一本だ。けど、一時過ぎになっちゃうか。腹ペコだね」


 意外な展開に戸惑う蘭だったが、「はい。お邪魔じゃなかったらうかがいたいです」と言った。臨太郎は国鉄大船駅からの道順を教えた。


◆◇


 その直後から店は立て込み始めた。客は撮影所の関係者がほとんどだ。臨太郎も帰ってきたらすぐに出るというフル回転状態だった。何回目かの出前を終えて店に戻ると、カウンター席の隅に女の子が座っていた。


「ただいまー」と言ってから女の子の近くに寄って、「いらっしゃい、五十嵐さん。待ちました?」と言うと、客の一人が「臨太郎。店でデートの待ち合わせかよ。ムードねえぞ」と言った。


「母さん、やっさん、食べ終わったって」


「まだ終わっちゃいねえよ」


「ほんとだ。終わってるね。はい、お勘定よろしく」。一恵が追い打ちをかけた。


「悪い、俺が悪かった。ほんと冗談も言えねえのかよ」


「母さん、やっさん、ほんとに食べ終わったって」


「ほんとに勘弁しろよ、ったく」。やっさんはテーブルにしがみついた。


◆◇


「あれ、まだ何も注文してないの?」


「あ、岸さんがお戻りになってからと思って」


「さすが生徒会長、きちんとしているね」。一恵が口を挟む。


店内に男どもの声が響いた。


「えーっ、生徒会長だって?」


「あー、うるさい。静かに食べて、食べ終わったら速やかに仕事に戻りなさい」


臨太郎が命じると、男どもは「ほーい」と言って静かになった。


「まずは何か食べようよ。その間にいなくなるから」


ひでえ言われようだと誰かが文句を言った。


一恵がやさしい口調で聞いた。


「五十嵐さんだっけ? 何が食べたい、って言っても若い女の子が好きなスパゲティだのピラフだのはないけど、似たようなあんかけ焼きそばやチャーハンがあるから。何がいい?」


「はい、じゃあ、天津飯をいただけますか?」


「はいよ、父さん、お嬢さんに天津飯、特別美味しいやつ。たろうも一緒に食べちゃえば?」


「うん。僕はチャーハンとラーメンにするよ」


「はいよ」


◆◇


「高校生なのにみんな頑張っているんですね。私は親のすねをかじるだけ」。蘭はしみじみ言った。


「ん? これ? お金のためさ。小遣いが少ない分稼がなきゃ」。親に当てつけだ。


「臨太郎。文句があるのならやってもらわなくてもいいぞ。母さん、日曜だけのバイト、誰かいないか?」


「分かった、分かったよ。働かせてください。お願いします」。店内は大笑いだ。


 蘭は表情を和ませて、「木下さんは鳶のアルバイトをやってるじゃないですか。荒井さんも喫茶店で。あっ!」。軽はずみに言ってはいけないことだと気が付いた。


「知ってるよ。寅松マーケットの『ミント』だろ? 何回か行った。その時、荒井さんとも会った。なぜバイトしているのかは聞いていない。本人が説明しないのに興味本位で聞き出すのは嫌いだ。でも、風の噂では…荒井さんも大変だね」


 そこに一恵が口を挟んだ。


「ミントって、たろうが初めて木下君に会った時に行った喫茶店だよね。木下君がチンピラどもと喧嘩していたのを、お前がトランペットで蹴散らしたってやつ。顔面血だらけの木村君が運転したバイクの後ろにお前が乗って行ったのがミントで、ママさんが手当てしたら、けがはしてないで、返り血だったって」


「母さん、そんなこと、若いお嬢さんに言いなさんな。ほら怖がっちゃ…いねえな」


 蘭は目をらんらんと光らせて聞いている。


「それが二週間ぐらい前だから、真吾や良太ともつきあい始めたのは最近なんだ」


 客たちも黙ってない。


「臨太郎、くわしく話せ」


 溜息をついてから臨太郎は簡単に説明した。


「横須賀が舞台でバイクに乗った学ラン姿の高校生、映画になりそうだな」。誰かが言った。うちの題材じゃないね、日活か東映か、そんなとこか、などという声を遮るように、


「ほら、もういいだろ。料理ができたぞ。二人とも食べろ」。太が言った。


◆◇


「ごちそうさまでした。すごく美味しかったです」。丼をカウンターの中の一恵に渡しながら蘭が言った。


「おそまつさま。テーブル席が空いたから、そっちに移ったら?」


 お茶を持ってテーブルに移った。


「先に真上りんの件を片付けちゃおうか」。臨太郎が言うと、「片付けるって。もういいんです。一人で盛り上がっちゃったけど、考えてみれば失礼な話ですよね。高校の文化祭でプロの歌手の方に歌ってほしいって。すみませんでした」。


「えっ、諦めちゃうの? 実はさ、吹奏楽部でジャズをやりたいって言ったら、りんさんはできっこないって突き放したんだ。だから、もういいと言ったら、お前はすぐに諦めると言われた。で、諦めなかったから、文化祭でジャズをやれることになった。その上、りんさんがやっている新宿のジャズクラブで、夏休みに部員がジャズ講座も受けられることになった。話の持っていき方だとだと思う。ちょっと考えていることがあるんだ。それを楽しみにしていてよ。こうした話、五十嵐さんには釈迦に説法だよね」


「えっ、どういうことですか?」


「良太に聞いたよ。木下真吾が演劇部でいることを反対している卒業生を説き伏せて、真吾が部員でいることを認めさせたって。俺が言うのも変だけど、ありがとう。で、それこそすごく効果的な話の持っていき方だと思うよ。それってすごくないか?」


「そんな。ただ、木下さんは演劇部に必要な人であり、特に文化祭でやる『北条政子』には木下さんと倉谷さんは欠かせない。そもそも不良が演劇をやっていけないという理由を教えてほしい、と言っただけです」


◆◇


 パチパチパチパチ。店内に熱烈な拍手が響いた。太と一恵の拍手だ。


「あなた、いいよ。尊敬しちゃう。そんな頼りになる生徒会長がいる高校に息子が通っていること、私、誇りにするわ」。太も大きくうなずいている。


「ありがとうございます…」。蘭の語尾は震え、大粒の涙が頬をつたった。


 驚いた一恵が蘭の肩を抱いた。


「なぜ泣くの?」


「分かりません。でも、生徒会長としてやってきて 初めて報われた気持ちになったら、なぜか…」


「またおいで」という一恵の声を背中に店を出た蘭を臨太郎は駅まで送っていった。


蘭は聞いた。臨太郎はなぜおばあさんを「りんさん」と呼ぶのか、一恵はなぜ臨太郎を「たろう」と呼ぶのか。


「おばあさんと呼ぶと怒られる。おばあさんではないという自負があるんだ。他人から見てもばあさんには見えない。来年還暦だってのが気に入らないらしい。だから、りんさん。母さんが僕を『たろう』と呼ぶのは、母親の『りん』という言葉を言いたくないからさ。祖母と母はすごく性格が似ている。だから反発しあうのさ」


 蘭は笑いそして「お母さま。お若いですね」と言った。


「うん、それ、本人に言ってやってほしかったな。すごく喜ぶから。僕を二十歳で産んだから確か三十七だ」


 五十九歳の祖母に三十七歳の母。だからこの天真爛漫さなのか、と蘭は見当違いな納得の仕方をして帰っていった。


※バックナンバー


第1回●ラーメン屋のBGMがジャズの安住の地? : 旭利彦の「日本人にとってのジャズ」


第20回●新シリーズ「渡辺貞夫と山下洋輔」 : 旭利彦の「日本人にとってのジャズ」


第27回『新宿スイング~十手とジャズ~ 第一回ダンスホール「カメリア」』 : 旭利彦の「日本人にとってのジャズ」


第49回『ジャズへのアプローチは無限にある「ジャズと麻薬と小説と」』 : 旭利彦の「日本人にとってのジャズ」


第58回「その後の『新宿スイング』」 : 旭利彦の「日本人にとってのジャズ」


※アサヒは別のエキサイトブログで小説を掲載しています。

良かったらお読みください。


「尼僧は腕っぷし~街に地上げがやってきた」第1回●ホコテンに寝て、下から歩行者を眺めてみませんか? : 小説アサヒ


「尼僧は腕っぷし~平成鎌倉宗教の乱」第1回 : 小説アサヒ



# by toshi58asahi | 2026-02-12 16:43 | Comments(0)

第94回「その後の『新宿スイング』」

【そして文化祭へ 第一章 吹奏楽部】第二回 面倒臭い生徒会長


夜九時ちょっと前に、臨太郎はへとへとになって家に帰りついた。


「お帰り、遅かったね」。一恵が言うと、「うん」と返事をするのも大儀そうだ。


「今日からジャズの練習が始まったんだよ。やってみて分かったけど、吹奏楽部には荷が重いかもしれない。聴くのとやるのは全然別。僕だって一人でやるなら何とかできるかもしれないし、こないだみたいにりんさんや丈二さんと一緒ならできたかもしれないけど、十七人が一緒にやるのは大変だ」


夕食を終えた後、思わず愚痴ってしまった。


「臨太郎。何だよ、初めっから弱音かよ。なら、やめちまえ。母さん、この程度の男だったんだぜ、臨太郎は」


「ほんとだね。ここんとこ、急に頼りがいがあるように見えてきたけど、勘違いだったね。今から他の誰かに代わってもらったらどう? お前じゃ頼りないってみんなも思ってるかもしれないよ」


 何て親だ、励ますどころか、もっと落ち込ますようなことを言うのかよ。


「ごちそうさん」。臨太郎は食べ終わった食器を厨房に持っていって、乱暴に洗い始めた。


 電話が鳴った。一恵が出て、「あら、倉谷君? こんばんは。いえ、大丈夫よ。今、親子喧嘩してたとこ。代わるわね」と言って受話器を手で覆い、「たろう、倉谷さんから電話…」と言っているところで、臨太郎は受話器をひったくった。


「はい、代わった。うん、ここじゃ話したくない。こっちから電話をする。うん、自宅だね。公衆電話からするから待ってて」。電話を切った。


「余計なことを言うなよ、母さん。ちょっと出てくる」。財布を持って店を飛び出した。


◆◇


「もしもし、岸を申しますが、良太さんをお願いします」


 電話をすると若い女が出た。


「はい、ちょっとお待ちください」


「はい、もしもし」。良太に代わった。


「あ、さっきは悪い」


「何だか、こっちも間が悪いところだったな。何だ、どうしたんだ?」


 説明すると良太は大笑いして、「そりゃからかわれたんだよ。こないだお前んち行った時、かなり手ごわい親だと思ったよ。うちも母親と姉貴が同じようなもんだ。いて、やめろよ」


 電話の向こうで揉めているのを聞いて、臨太郎の興奮は次第に落ち着きを取り戻した。


「ああ、悪い。さっき出た姉貴がつねるんだよ。ったく。何の話だっけ? ああ、さっき電話した件ね。あのさ、謝らなければいけないことなんだ。先に謝っておく。すまない」


「理由が分からず謝られても。何なんだよ」


 意外な話だった。


「生徒会長の五十嵐蘭って会ったことあるよな。文化系の部長が集まって会合やるじゃん。そこにオブザーバーとして生徒会長が出席することになっている」


「うん、見たことはあるけど話したことはない」。何の話が始まるのかと臨太郎は訝った。


「その五十嵐がたぶん、いや絶対、お前んとこに連絡してくる。だから先に謝ったんだ」


 率直な良太がここまでまどろっこしい説明をするのは、よほど大変なことなんだろう。落ち着いて理由を聞こうと臨太郎は思った。


「了解。怒らないから理由を話しなよ」


「昨日の放課後、演劇部である事件が起きて…これは後で説明する…その事件の解決を五十嵐に頼んだんだ。期待通り、今日の午後、五十嵐は解決してくれた。それで気が緩んだな。ポロッとこないだの『不良老人騒動』を話しちまったんだ。そしたら」


◆◇


「『何でそんな面白いことが起きてるの、私が知らないのかな。不覚だ』と言うんだよ。だから、『そんなの知らねえよ』と言ったけど、あいつの好奇心は際限がないから、吹奏楽部がジャズをやろうとしていて、そのコーチを部長のお前のおばあさんがやるってことまで話しちゃったんだ」


 あーあ、そういうこと。


「何でおばあさんがコーチになるのか、普通のおばあさんがジャズを教えられるわけないだろって言うから、普通のばあさんじゃないんだ、昔の大人気ジャズ歌手なんだって、言っちまった。悪い」


「別にいいんじゃない? その通りなんだから」


「お前は五十嵐の面倒臭さを知らないからそういうんだよ。俺がつきあってる大野初美…」


「ああ、屋上でお前をひっぱたいた子だね」


「そうだよ。初美は生徒会の書記で五十嵐をよく知ってるんだけど、何か面白いことはないかといつもアンテナを立てていて、面白そうなことがあったらもっと面白くして、みんなで楽しみたいと考える奴らしいんだ。俺と真吾が演劇部に引っ張り込まれた時も近くにいた」


 だんだん話が読めてきたぞと臨太郎は思った。


「良太、そういうのをイベンター気質とかプロモーター気質とかいうらしいよ。楽しいことをイベントにしてみんなで楽しんで、同時に金を儲ける。それで?」。話の続きを促した。


「コーチだけでなく、文化祭で歌ってくれないかなって言うんだよ。そうなれば、文化祭に父母たちを大量動員できる。マスコミも注目する。森山高校のPRにもなるって」。語尾に近付くにつれて良太の声が小さくなった。


「それから?」。温厚な臨太郎には珍しくぶっきらぼうな口調で続きを催促した。


「うん。それは無理だろうと答えたんだけど、『それは倉谷さんの意見であって、当たってみなければ分かりません。直接、岸さんに聞いてみます』と言って、お前んちの電話番号を聞いてきたので教えちまった。本当に申し訳ない。適当にあしらっておいてくれ」


 なぜか臨太郎は不愉快ではなかった。むしろ面白かった。そんな情熱のある女の子がいるんだ。


「了解。適当にあしらっておく。それより演劇部のある事件って何だ?」。臨太郎の興味はそっちだった。途端に十円玉が不足する警告音が聞こえた。


「臨太郎。こっちからかけ直す。家で待っていてく…」。電話が切れた。


◆◇


臨太郎が店に戻ると、暖簾が仕舞われていた。店に入ると両親は帰り支度をしている最中だった。


「ここで良太の電話を待っているから、先に上がっていいよ」


そう言う臨太郎に太と一恵がうなずいた。なんとなく元気がない。


「どうしたのさ」。臨太郎が聞くと、「いや、さっきはからかい過ぎたから、ちょっと反省中」と太が言った。一恵も「ごめんね」と言う。


 こんな両親は初めてだ。気色悪い。何を企んでいるんだ。


 疑いの目で両親を見ると、「って、やっぱり無理か」と一恵が言った。


「殊勝な親は私たちには似合わない。さっきのは半分は本気だ。愚痴るならやるな。お前が吹奏楽部やばあさんたちに火を着けたんだろ。始まったばかりでグチグチ言うな。みんなが気の毒だ」


 臨太郎は素直に謝った。「そうだな。ほんとにそうだ。ごめんなさい。これからはできるだけ愚痴らないようにするよ。絶対に愚痴らないとは約束できないけどね」。


 電話が鳴った。すぐに臨太郎が受話器を取った。


「あ、もしもし」。良太だ。


「臨太郎だ」


「十円玉をかき集めたから、長電話もオーケーだ。姉貴も電話したいらしくて俺の近くで待ってるんだ。ちょうどよかった。で、演劇部の事件ていうのはさ…」。こういうことだった。


◆◇


十一日の放課後を待ちかねて、演劇部員がいつもの教室に集まり始めた。すると、いつもはほとんど顔を出さない顧問の山下元彦が顔を出した。


いぶかしげな部員たちににこやかな表情で挨拶していたが、木下真吾が倉谷良太と連れ立って現れると厳しい表情に変わった。


部長の高山洋子が「先生。何か御用ですか? 今度の文化祭の練習は順調に進んでいます。進捗状況はご報告しているはずですが」と聞いた。


山下は洋子の顔を眺めた後、部員一人ひとりの顔を見て、最後に真吾の顔を見つめた。そして、洋子に視線を戻して「昔、演劇部に在籍した人、複数の人たちの代表者から問い合わせが来てる」と言った。


洋子は首を傾げた。


山下は続けた。


「女子ばかりの演劇部に男子部員が入ったことは、非常に喜ばしいことだが、そのうちの一人が学校きっての不良であることが問題だと言うのだ」


その瞬間、木下真吾は無言で出ていこうとした。良太は手を伸ばして真吾を引き留めた。真吾は「良太、結局はこうだ」と言って、良太の手を引きはがし教室を出ていこうとした。


荒井薫子や手塚敏江など数人が出口で両手を広げて通せんぼして真吾を行かせないようにした。


「先生、その人たちって誰なんですか? いくら前に部員だからって卒業した人間、外部の人間にとやかく言われる筋合いはないと思います」。洋子は冷静に話し始めた。


「不良であってもなくても、私たちには木下君は必要な人なんです。この件、ここでみんなの前でおっしゃってくださって、先生には感謝します。部長の私が呼び出されて通告されるなんて我慢できませんから」


山下は苦いものを飲み込んだような顔で、「それはよく分かる。というより、分かっていた。しかし、卒業生からそうした意見が出れば、それを部員に伝えるのも顧問の役目だ。結論は部員たちに委ねると卒業生には言ってある。だが、強硬だ。拒否だけでは相手も引き下がらないだろう。みんなで話し合ってくれ」と言って教室を出ていった。


 山下が去った後、真吾が「やっぱり、俺がいるとみんなに迷惑が掛かるから、辞めるよ」と言った。部員たちは、辞める必要はない、部には真吾が必要だと口々に言った。


「私が部を代表して、その卒業生に会って、木村真吾は辞めさせないと答えるわ」と洋子が青ざめた顔で言った。


「待てよ。高山が出ていったら、演劇部と卒業生が完全に対立してしまう。事を荒立てない方がいい」と良太は諫めた。


「いいえ、事を荒立てて広く人々に知ってもらうべきだと思う」という洋子は言い募った。「だったら、倉谷君、何かいい解決案を考えてよ。策略家の源頼朝なんだから」。


 めちゃくちゃな論理だ。が、そこまで追い込まれているのも確かだ。


「口がうまいから俺が相手を丸め込めって言いたいんだろ?」


ああ、そうか、という声が教室のそこかしこから聞こえた。


「それじゃだめなんだな。何よりも俺が真吾にものすごく近い関係の人間だってこと。説得力がないんだ」


「じゃあ、どうすればいいんですか?」。震える声で薫子が聞いてきた。


「うん。俺や高山は利害関係者だ。そうじゃない人間に仲介役を頼むのはどうかな。適任者がいるぜ」


◆◇


 良太と洋子は生徒会室を訪ねた。


 生徒会長の五十嵐蘭と書記の大野初美、会計の井村元がいた。


「何でしょう? 二人揃って初美に文句言いに来たんですか?」。蘭は軽口を叩いた。が、二人が真剣な表情をしているので、「すみません。何でしょうか?」と言い直した。


 良太が今演劇部で起こったことを説明した。


「何それ、あったま来ちゃう」。初美が憤った。井村も「不良が何の問題なんでしょうか」と息巻く。不良と呼ばれる真吾の真の姿、真面目さを知っている二人だから、卒業生の横やりに腹が立つのだ。


「だから、私が会って要求を蹴ろうと思ったら、倉谷君が事を荒立てるなって言うのよ。初美も知っての通り、倉谷君の口のうまさは詐欺師レベルだから…」


「洋子先輩、誰が詐欺師ですか? 失礼な。倉谷さんもそこでニヤニヤしてないで反発してくださいよ」


「初美。少しは黙んなさい。深刻な相談でやってこられたんだから」と蘭に叱られ初美は黙った。


「それでさ、蹴とばすのは最終手段で、その前に相手を懐柔しちゃおう。それができるのは五十嵐蘭生徒会長しかいないと思ったんだ」。詐欺師、良太、口のうまさが炸裂した。


蘭はおだてに弱く、また、こういう揉め事が大好物だと良太は初美から聞いていた。


蘭は深く考えずに「お任せください」と胸を叩いた。軽はずみに安請け合いしていいのかと初美と井村は言ったが、暴走する生徒会長は聞く耳を持たない。


◆◇


「それから、五十嵐に演劇部の練習場所に来てもらって、部員の気持ちを確認してもらってから、洋子と五十嵐は顧問のところに行ったんだ」


 臨太郎は黙って聞いていたが、静かに怒りの炎を燃やしていた。


 電話の向こうから、「おーい、聞こえてるかよ。何だか、激しい鼻息だけが聞こえるが」と良太が言った。


「ん? ああ、聞こえてる。それでどうなったんだ?」


 洋子と五十嵐と山下が相談した結果、翌土曜日に卒業生に学校へ来てもらって、話し合いをすることになった。


「こういうことは早いうちに芽を摘んじゃった方がいい、いや、解決した方がいいからね」


 土曜の午後、洋子は練習場所に来なかった。直接、話し合いの場所に行ったからだ。俺たちは練習をしていたが、心ここにあらずで練習にならなかった。真吾は来なかった。


 三時過ぎ、洋子と蘭が来た。なぜか初美と井村も付いてきた。


 洋子は深刻そうな顔をし、蘭はすまなそうな表情をしている。


 副部長の美紀が「駄目だったの?」と恐る恐る聞くと、ニヤッと笑ってから二人して右腕を上に突き上げて、ピースサインをしたんだ。ビクトリーサインだな。勝利だ。


 ヤッホーと教室中が大騒ぎになった。


「様子を聞かせろよ」。良太が催促すると、洋子が説明した。


「蘭はまず、自分は生徒会長で中立な立場で話を聞くために来たことを説明して、相手の言い分を聞き始めたの。相手は油断して好き勝手なことを言ったわ。くわしいことは言いたくない。相手が言い尽くしたのを見計らって、蘭は相手に反問し始めた。なぜ、不良だと演劇部員には不適当なのか理由を明らかにせよ、演劇部は木村真吾を必要としている思いに対してあなたたちはなぜ異議を唱えるのか、それが演劇部のスムーズな部活動に障害となっていることに気が付かないのか、今回演劇のテーマになっている『北条政子』は演劇部の記念碑的なものになる、それには木村真吾は欠かせない人間、そこを考えて異議を唱えるのをやめてほしいと言った。すごかったわ。もともと大した根拠もなく、先輩風を吹かせたかっただけらしいから、簡単に要求を引っ込めた」


 すごい! 五十嵐さん、演劇部の救世主、ジャンヌ・ダルク、いや、森山高校の北条政子、それは違うでしょ、など大騒ぎだ。


 俺は真吾にこの結果を知らせたかったが、席を外すタイミングが取れなかった。そのうちに、なぜか吹奏楽部の話になって、真上りんさんが出てきたんだ。


 瞬間、蘭の目が光ったね。


◆◇


「それがさっきの話につながるんだね。『りん・オン・ステージ』に」


「お前、うまいこと言うね。いや、失礼。そういうことだ」


「それはいいとして、真吾はどうなった?」


「うん、楽しいおしゃべり会を何とか抜けて、たぶんあそこだと目星を付けたとこに向かった」


「喫煙小屋だろ」


「ピンポーン。案の定いたよ。で、外に連れ出して、『残念だな、辞められなくなったぜ』と言ったら、『くそっ』って言いながら照れ笑いした」


「真吾らしいね」


「それで、小屋で思いっきり一服してから練習場所に戻った」



「お前たちらしいよ」


 それから他愛もない話をして電話を終えた。


 五十嵐蘭からの電話、臨太郎は待ち遠しくなった。



※バックナンバー


第1回●ラーメン屋のBGMがジャズの安住の地? : 旭利彦の「日本人にとってのジャズ」


第20回●新シリーズ「渡辺貞夫と山下洋輔」 : 旭利彦の「日本人にとってのジャズ」


第27回『新宿スイング~十手とジャズ~ 第一回ダンスホール「カメリア」』 : 旭利彦の「日本人にとってのジャズ」


第49回『ジャズへのアプローチは無限にある「ジャズと麻薬と小説と」』 : 旭利彦の「日本人にとってのジャズ」


第58回「その後の『新宿スイング』」 : 旭利彦の「日本人にとってのジャズ」


※アサヒは別のエキサイトブログで小説を掲載しています。

良かったらお読みください。


「尼僧は腕っぷし~街に地上げがやってきた」第1回●ホコテンに寝て、下から歩行者を眺めてみませんか? : 小説アサヒ


「尼僧は腕っぷし~平成鎌倉宗教の乱」第1回 : 小説アサヒ





# by toshi58asahi | 2026-02-08 09:42 | Comments(0)